近いけど遠くにいる君へ
彼女とは幼い頃、いつも一緒だった。家は近いし、この関係がずっと続くと信じて疑わなかった。しかし、変わってしまった、なぜなら──
『二人ともインドア人間になっていたからである‼』
──そして時は流れ二人は高校生となり、二人の関係も再び変化が訪れた──
自分、秋山明《あきやまあきら》が高校生になってから、三ヶ月ほどが過ぎた。桜咲き誇る春が過ぎ去り、じめっとした梅雨もようやく明けようという頃。一学期ももうあと少しである。
『おはよう! 期末テストは終わったけど……学校は憂鬱⤵』
いつものように、マイン(MINE)でメッセージを春香《はるか》に送る。三木春香とは幼い頃からの仲で、一時期は疎遠にもなっていたのだが、高校に入りスマホを持つようになると、マインを通じて再びよく話すようになった。朝出発する前にマインを入れるのが、習慣になりつつある。
『それな!』
『テストに関わらず学校行くのは憂鬱』
バスが駅に着く頃、春香から返信が来た。
春香は、自分よりも家に近い学校に通っているので、大抵返事が来るのは駅に着く頃になる。
『それな! てか、今日からのフェイズのイベント楽しみ!』
『早く帰りたいなり』
返信に返信し、電車に乗る。
学校に行くのは憂鬱だ、別にいじめられているとか、勉強が吐き気がするほど嫌で行きたくないわけではない。クラスでも部活でも馴染めてるし、よく話す相手もいる。
ただ、深い仲の友達がおらず、ときおり自分がいなくてもいいのではないかと思ってしまうのだ。
自分は合唱部だ。男子部員は自分一人。ほかの部員との仲は悪くはないのだが、やはり女子を誘うのはハードルが高く、かといって向こうからは打ち上げくらいでしか誘われない。
そんな中、仲が深まったのが、中学卒業により疎遠になると思っていた中学の友達たちだ。特に春香とはクラスでだけの話友達程度だったのが、毎日のようにマインを沢山交わす仲になった。まるで昔に戻ったような仲の良さだ。とはいっても、マインだけでまだ一度も会っていないのだが。
『おー、あきさん、イベントピックアップで推しの子が無事当たりました!』
ガチャで当たった時の画像と共にマインが送られてくる。
最近の春香との話題で一番多いのはフェイズというゲームの話題だ。自分は一月ほど前、春香にすすめられて始めた。春香はもう一年くらいやっているらしい。ゲームは好きなものの飽きっぽく、何度もゲームアプリを入れては消しを繰り返してた自分にとっては、久しぶりに長く続いてるゲームだ。他のゲームと何が違うかと言うと、どんなゲームでもある程度すすめていくと必須の作業ゲー的なポイント、それが楽しくできるというところだ。自分は作業ゲーは得意でないのだ。レアリティが低くても強いキャラがいて、初心者に優しいところも気に入っている。
『おー! おめでとう‼』
『自分の推しのピックアップも早くこないかなぁ』
こうしてマインで春香とゲームの話をしながら、ゲームをするのが最近の楽しみだ。このゲームが面白いと思う理由はいろいろあるが、こうして誰かと話しながらゲームをするのが久しぶりだからと言うのもあるかもしれない。
『もうすぐ、夏休み! 夏休みはイベント豪華だからね、楽しみ』
そうかもうすぐ夏休みだな。セミが騒がしく鳴いている。
高校の夏はどう過ごしているのだろうかと、受験のときはよく考えたものだ。しかし……
『そうだね、楽しみ!』
『でも……夏休みに友達との約束一つもできなかった……てか友達できなかった……あるのは部活だけ……』
はぁ、夢みてた花の高校生活はどこに言ってしまったのだろうか……現状が辛いと言うほどではないのだが、やはり思っていたのと何か違う高校生活。
『私もだ……てか私は部活も夏休み中ほぼないから家に引きこもりコース』
春香もそれに賛同してくる。
『きっと、みんなは花火とか行くんだろうなぁ……もしかしたら恋人とかと』
『花火! 羨ましい……リア充は爆発しろ!』
『それな!』
リア充は羨ましい……。特に何かされたわけではない、ただの妬みである。
誰か知らない人の作った、リア充爆発しろという魔法の言葉に何度救われたことか……
あ!
『そうだ! 今度一緒にカラオケでも行かない?』
よし、予定がないなら作るまでだ。正直今誘ってOKもらえるのは春香しか心当たりがない。
『いいね! 行きましょ行きましょ! 八月の終わりくらいなら空いてると思う』
『なら二十四日で!』
『OK』
こうして、つまらないと思っていた夏休みに楽しみが一つできた。
日々はあっという間に過ぎ、夏休みが始まった。夏休みでも部活はあるので、今日も駅に向かう。
「お! 秋山じゃん久しぶり!」
「ん? 神本? 久しぶり!」
駅に向かうバスに乗っていると、同じ中学の神本が乗ってきた。
「なんどかマインで話したけど、実際に会うのは久しぶりだな」
神本も中学卒業後マインで話すようになって、むしろ前より仲良くなった友達の一人だ。
「ところでさぁ秋山、彼女できた?」
「は? なんだよ急に」
「実はさ、彼女できたんだよ俺」
「う、嘘だろ!」
神本は中学の時、誰かに告ったことはあったらしいが、あっさり振られ、結局誰とも付き合うことはなかったはずだ。
はっきりいうと、癖のある性格なので恋人などそうそうできないだろうと思っていた。
「ほんとだよ、実は俺高校になってからは結構真面目ちゃんやっててさ、委員長とかやってるの、んでクラスの女子の方の委員長に告って、付き合うことになったんだ」
……開いた口が塞がらないとはまさにこのことだろう。まさかあの神本が委員長をやって恋人を作り、リア充街道まっしぐらとは……
「ま、まじかよ羨ましいなぁ、ねぇ爆発してくんない?」
リア充はとりあえず爆発すべきである。
「なぜ爆発せなならん、てか秋山も恋人作ればいいじゃん、なんか仲いい女の子とかいないの?」
「うーん、音楽部に入ってるから知り合い以上友達未満みたいな女子は多いけど、とてもそんなの言い出せるほどの仲でもないし、てか女子同士で固まっててあんまり話すことも多くないし」
自分は女子と話すことが他の男子より多いが、それは単に部活や趣味が理由で、女子同士で話してるとこに割り込む勇気はなかなかない。むしろ、友達としてしか見られなくて他の男子より不利なのではないか。
「おーい、ネガティブ過ぎませんか? とりあえず告白しないと何も始まんないぞ。
というか同じ部活の奴以外には誰かよく話す人いないの?」
「え? 他? 強いて言うなら春香と最近よくマインするけど?」
春香とマインするのは楽しいが、一番マインしてる相手が高校の友達でなく春香というのは少し悲しい。
高校に入ってすぐ、クラスで友達ができるようにとみんなとマインを交換したが、結局ほどんどの人とは自己紹介をしただけだ。
「え? 春香? あぁ、三木さんか。そういえば幼馴染なんだっけ?」
「そうそう、なんか高校になってからゲームの話とかよくするようになったんだよね。といってもマインするだけで実際にはまだあってないけど」
何だか不思議な気分だ。もう半年ほど会っていないのに、そんな気がしない。
「なら三木さんいいんじゃない?」
「え?」
「ゲーム友達はアタックしやすいぞ。何も高校限定で作る必要ないじゃん。振られるつもりで告白してみろよ」
「……」
考えたこともなかった、昔はただの幼馴染だったし、中学の頃もまだそんなに恋愛について考えることはなかった。春香のことは嫌いではない。好きか嫌いかと聞かれれば迷わず好きと答える。でも今まではただの友達以上に考えてなくて、こう急に恋愛対象として意識すると、なんだか戸惑い、うろたえる自分がいた。
「まぁ、高校生活まだ始まったばっかだし、頑張れよ」
気がついたらバスは駅に着いていた。神本も何か話しかけてたみたいだが全く聞こえていなかった。神本とは別の電車に乗るので別れることになった。
『おはよう! 今日神本にあったら、めっちゃリア充になってた! 衝撃!』
とりあえずいつものようにマインを送る。
いつも行う何気ない行動のはずなのに、なんか意識してしまう。マインだから相手にこの気持ちが伝わることはない。もしマインじゃなかったら、平常心じゃいられなくて、今日は話さず帰ったかも。そう思うくらいに動揺していた。
『マジか! リア充羨ましい! 爆発しろ!』
『それな! ただし、オタクのリア充は除く』
普段は、何も考えず使うリア充爆発しろと言う言葉も、意識してる相手に使うのはなんか躊躇われて、少し保険をかけるような言い方になってしまう。
『オタクのリア充は仲間だからね、爆発しないでよし』
よかった。え? よかった? 今よかったって思ったのか? それってつまり……
自分で考えてドツボにはまっていく。
これは恋なのか、それとも単に意識しちゃって気にしているだけ?
どうにか気を取り直して次のマインを送った。
『お盆のあたりってどう過ごす? こっちは家族旅行してからそのまま、広島のおじいちゃん家に帰省って言うハードスケジュールなんだけど……』
『ヤバ!』
『こっちはお盆前に数日京都で、お盆のあたりは鹿児島のおじいちゃん家』
そうか、春香のおじいちゃんの家は京都と鹿児島なのか、昔からの知り合いなのに知らなかったことも多い。
『なるほど! 九州は行った場所多いけど実はまだ鹿児島は行ったことないんだよね』
『そんなんだ! 鹿児島いいぞ、桜島とか綺麗だし』
桜島か、鹿児島の真ん中に堂々とそびえ立つ山。そんな桜島と対照的に自分の心は掻き乱されていく。
自分は、春香のことが好きなんだろうか、こんなに意識してしまうというのはやはり好きということなのか、でも今までただの友達、幼馴染だった。なぜ急にと思う自分もいる。
中学に上がって少し経った頃から、男子よりも女子とよく話すようになった。
元々は、外で遊ぶこともあったが、運動部に入るほどスポーツをする気にはなれず文化部に入った。そして、運動部の中で深い絆を築いていく他の男子と、文化部で予定も合わずともに過ごす時間も少ない自分とは、馴染めはしても深い仲になれなかった。同じ文化部の男子も何人かいたが、結局趣味が合わなかったりして、放課後遊ぶほどの仲にはなれなかった。
そして、図書館で過ごすことが多くなり、一人でいる時間と、図書館にいる自分と同じ本やアニメが好きな女子と話す時間が長くなっていった。
高校に入ったら変わると思っていた。いや、変えようと思っていた。自己紹介は何度も考えた。始業式の日から、隣の席の人に話しかけた。通常授業が始まる頃にはクラスメイト全員とラインを交換した。教室では本を読むのを控え、積極的にみんなに話しかけた。
それでも変わらなかった。同じ部活同士、同じ中学同士などで固まるようになった頃、自分はクラスの誰からも遊びに誘われなくなった。
もしかしたらこちらから誘ったらよかったのかもしれない。けれどもう遅い、自分はクラスですっかり、目立つ陰キャぼっちのポジションに落ち着いてしまっていた。
ただ居場所が欲しいだけで、別に春香じゃなくてもいいと思っているんじゃないだろうか。そんなただの利己的な願いで、恋じゃないんじゃないだろうか。
春香と自分は高校が違う。神本はそんなの気にしなくていいと言ったが、その差は大きい。いくら家が近くても、高校が違えば一緒にいられる時間はずっと短い。おそらくそれもあって春香は自分のことを意識すらしてないだろう。それでもいいんだろうか。
こんなに迷うのが恋なんだろうか。恋とはもっとはっきりと、強く想うものではないのだろうか。
わからない、ただ春香とマインをしていると落ち着く。春香の隣にいたら心地いいのではないかと思い巡らす。こんなことを思うということは、やっぱり自分は春香のことが好きなんだろう。でも、たとえこれが恋だとしても、この気持ちをいつ伝えるべきなのか。そもそも伝えるべきなのか。こんな初恋にはそぐわない、利己的な願いを含んだ恋を。
八月になった。課題がそろそろやばくなってきたが、明日からは北海道へ家族旅行だ。我が家は親が旅行好きで家族旅行には毎年行っている。年によっては夏だけでなく、一泊二日くらいの旅も冬にして、年に二回旅行に行くこともある。
しかし今までの旅は車が多かったので、行き先は西日本に偏っていた。だから、自分にとっては久しぶりの西日本以外への旅行。そして何より人生初の飛行機だ。
『人生初の飛行機! 楽しみ!』
春香にマインを送る。
『おー! いいね楽しんでおいで!』
春香からの返事が来ることがとても嬉しい。やっぱり自分は春香のことが好きなんだろう。マインで話すことでそう確信できた気がする。
北海道での時間はあっという間に過ぎていった。
最終日、お土産屋で同じ部活の仲間と先輩、クラスメイトへのお土産を買い、そして、もうすぐ会う春香へのお土産も買う。日持ちするクッキーを選んだ。渡すのは今月の終わり頃だ。
店内を見ていると、一つのものが目にとまった。それはキーホルダー。どこの観光地へ行ってもよく似たものが売ってある、アルファベットと北海道の名物がついた、五百円ほどのキーホルダーだ。
今までもこれと同じようなキーホルダーを旅行に行くたび見かけていた。そんなありふれたものが目にとまったのは、ふと考えてしまったからだ。今度の春香とカラオケに行くときに、告白してこのキーホルダーを渡すのはどうかと。
幸いこの旅では両親からお小遣いを貰い、その範囲内で買い食いや友達へのお土産を買うことになっている。だからこんなものを買うところを両親に見られることはないし、買うまでのハードルは低い。しかしこれを買うということは、今度告白すると決めるのと同義である。その決断をこのお土産屋にいる時間のうちに決めなければならない。
告白にはまだ早い気もする、恋はいかに相手にほのめかすかが鍵だと、昔何処かで聞いた覚えがある。自分はほのめかすどころか、春香のことが好きだと気づいたばかり。
でも、関係ない。まだ早いとか利己的だとか高校が違うとか、そんなのどうだっていい。自分が春香を好きなのは確かな事実、そして恋は理屈じゃない。
いよいよ今日が一緒に遊ぶ日、そして人生初の告白をする日である。
待ち合わせは町の真ん中のカラオケ屋、時間は一時に集合。
『カラオケついたよ!』
マインを送る
『OK、こっちももうすぐ着くよ!』
ほんの数分が待ち遠しい。
「あ、あきさんいた! 久しぶり!」
ほんの半年前は、何も意識していなかったのに、今は春香の声、髪型、仕草全てが新鮮に可愛く思えてしまう。そしてそのことに喜びと、安心を覚える。やっぱり自分は春香のことが好きなのだとそう確認できたのだから。
「久しぶり春香! 半年ぶりだよね。会う前はほぼ毎日マインしてたせいで全然そんな感じがしないと思ってたのに、実際会うとやっぱ違うね」
不思議なものだ、やっぱり一番の違いは声だろうか、いや表情だろうか。
会わなくても毎日マインできるだけで十分ではないか、と思う自分が、昨日まではまだ確かにいた。でも今は一分でも一秒でも、長く一緒にいたいと思う自分ばかりだ。
「そうだね、じゃああきさん、カラオケ入ろっか」
「うん、そうだね」
カラオケでは相手を少しでもドキッとさせたいと思って、恋の歌をいつもより多く歌った。でもドキッとしたのはむしろ歌った自分のような気がする。それもそうだ、多分恋をしてるのは自分だけなのだから。
楽しい時間はあっという間に過ぎ、結局六時まで歌っていた。
「ねえ、今から大判焼き食べに行かない? 小学校の近くのあの店、もうすぐ閉まっちゃうんだって」
「え? マジで? あそこ好きだったんだけどなぁ。閉まっちゃうのか、なら最後に食べに行きたいね」
大判焼きの店までは、カラオケから歩いて大体十五分ほどでついた。
「ねえ、あきさんは何味にする?」
この店の魅力の一つは、沢山の種類のフレーバーがあることだ。定番の小豆やカスタードから、チョコやマンゴーなどの甘い系、ピザ風やじゃがバターのような惣菜系などがある。
「うーん、迷うけど自分はピザかなぁ、昔からこの味を一番食べてるし」
「そうだよね、あきさんここ来るとき、ほとんどピザ頼んでたもの」
この店は小学校の頃からよく来ていた。当時のお小遣いからすればかなり高かったが、ここにはよく通っていた。
「春香はやっぱチョコ?」
自分がピザをよく頼むように、春香はチョコをよく頼んでいた。
「そうだね、変わり種系や夏限定メニューもきになるけど、やっぱ最後だしチョコかな」
周りはすっかり夕景色となり、空の雲が赤からオレンジへのグラデーションをつくっていた。あたりは暑いものの、景色でしばし暑さを忘れる。
「やっぱおいしいね! ここの大判焼き」
「そうだね、なくなっちゃうのが残念だよ」
時が経つたび、なくなってしまうものがある。時が経つたび、色褪せてしまうものもある。今この瞬間がずっと続くなら、する必要はないこと。けれど時は経っていく。きっと今の関係も永遠には続かない。だから自分は行動に移すんだ。
カバンから、キーホルダーを取り出す。Aの文字のついたキーホルダーと、Hの文字のついたキーホルダー。そして……
「あの、春香!」