ほとは

安野深砂

 

「俺は今日、昨日まで親友だったあいつに恋をした」

「は? 何言ってんだ、お前?」

 るりこはお目目をぱちくりさせた。

「竜くんの心の声だよ。ね、感じない? どきどきってやつ」

「…………」

 時は五時間目終わりの教室。無彩色の気怠さが頭上を覆う昼下がり……。一人の少女が期待に輝く瞳で、筒井筒の少年を見つめた。

「そういえば、さっきから心臓がばくばくしてるような……」

「ほんと?!

 制服から、目薬の容器に入った惚れ薬を出す。竜の昼食に垂らした一滴は、その効力を発揮しているようであった。効くんだこれ、という感動と膨らみかけた製作者への尊敬の念は……しかしそのラベルを見た途端に泡の如く弾け飛んだ。

 嗚呼、何ということでせう。そこに記されていたのは……

 ──はれぐすり。

 ひたひたと忍び寄ってくる絶望の存在を感じて、るりこは竜を振り仰ぎ……絶句した。

 そ、そんな! ま、まずいぞお。人目を引くと、実にまずい……。

 るりこはまず、竜を連れ出すことにした。ささっと丸めた荷物と彼の腕を掴んで、教室を飛び出す。ドアの前でCIOのぽんしゃんにぶつかりかけたが、構ってはいられない。

「おい、魔名、岸野! ……なんだね、あれは?」──ちなみに、魔名るりこ、岸野竜というのが彼らの本名だ。竜については友人曰く、「悲しきかな、竜か騎士かというほど本人はカッコ良くない」とのことだが……。

 ぽんしゃんこと丸太教諭が問うと、実に眠たげな声が帰って来た。

「走りたくなる薬でも盛られたんじゃないスか?」

 彼は、次CIOかー寝にくいなー、などと思いながら言った答えが、真実の一端を射ていたなど想像もしていなかっただろう。

 

「じーっちゃん!」

 どんがらがらがっしゃん……という音と共に、二人はるりこ祖父宅へ飛び込んだ。

「おやるりこ……ややっ、もしや、許婚殿ではあるまいか! 早速つれてきたんじゃな? お顔がまん丸とした素敵な方で──」

「じーちゃんのあほんだら! どーしてほれぐすりとはれぐすりを間違えるのよ!」

「ア、アホンダラ……」

「そーよ、ねぇあるんでしょ? 元に戻す薬とか呪文とかさぁぁ」

 涙を浮かべて叫ぶ孫を前に、ご老人、アホンダラショックから立ち直れないご様子。

「なあ、惚れ薬ってなんだ? 教えてくれよ」

 至極まともな問いは、残念ながらまともな答えを得られなかった。

「ああもう、うるさいわね! あたしは竜くんが好きなの。んでも全然振り向いてくれないから魔法使いのじーちゃんの惚れ薬貰ってあんたのお弁当に盛ったの。それが惚れ薬と腫れ薬を間違えたの。悪いの?」

 

 彼は、彼女の眼光の鋭さに慄きつつも、どこかしらツッコミたいという誘惑には敵わなかった。

「魔法使いって……それに──」

「こんなのへっぽこよぉ」

 これは実は、間違いである。彼はダンブルドアには劣るがグリンデルバルトには勝る魔法使いなのだから。ただし、善は全ての悪に勝という考えにおいて……。

「竜くん……腫れちゃって、ごめんね……」

「別にいいよ。ブサメンに磨きがかかっただけだから」

 彼が別にいいという気になったのには一つ理由がある……。

「よくないよお。薬なんて盛ろうとしなければ……」

「確かに、薬を盛る必要はなかったな」

「そうだよね、ぐずっ……」

「……元から好きだって意味だったんだが、なぁ」

「あぁ、そうなの……って、え?」

 彼は、彼女の潤んだ、大きな瞳から目をそらして、恥ずかしそうに頭をかいた。

「好きだと思ってくれていたなんて知らなかったよ」

「うそでしょ? 一〇回ハートのチョコあげたのよ、一〇年分! 気付かなかったの

「いやさ、全部義理だと。まず俺とお前じゃ釣り合わないし……」

 

 これはあたしの恋物語、普通と違う恋だとしても、これがあたしの物語。