死神job

 月兎

〈前回のあらすじ〉

 

 父親である天堂明を探すため、死神に写真を見せた忍。すると、死神が驚くべき真実を明かす。そう、明は元死神で、胎児の忍に寿命を与えたことで追放されていたのだった。それを知った忍は再出発することに……。

 

 

 

 あの後――僕の父親、天堂明の情報を求めてサウジアラビアへ行った後、何も新しい情報を得られなかった僕らはいったん家に帰ってきた。当分帰れないかもしれないと書き置きもしてきたのに。恥ずかしいような情けないような。そもそも僕らは父親の痕跡をサウジアラビアでしか見つけられていない。そんな状態で探し出すというのもなかなかに無理な話だ。

 

「さあ、早くも打つ手なしだ……。どうしよう死神様~!」

 

「都合のいい時だけ様扱いするな。キャラがブレブレじゃねぇか」

 

 情報がないのと同じように、僕らには時間がない。死神の話が本当なら、父親の寿命は長くても一週間らしい。焦るに決まっている。キャラだってブレても仕方あるまい。

 

「いや、仕方あるから。ありまくりだから」

 

 死神からの華麗なツッコミが入ったところで、部屋の外から僕を呼ぶ声が。

 

「忍――! まだいたのー?」

 

「へ? か、母さん?」

 

 書き置きなんてものを残してきたせいで、なんとなく会うのが気まずい……。

 

「ちょっと! 開けなさいよ!」

 

 母さんには死神は見えない。だからわざわざ部屋に鍵をかける必要はないのだが、まあ気分の問題だ。だが、今回ばかりは鍵の意味があったようだ。それこそ気持ちの問題で。

 

「そこに死神がいるんでしょー?」

 

 きっと今の僕は人に見せられないくらいぽかんとした顔だろう。

 

「え? なんで死神のことを知ってるの?」

 

「あなた達、真実にたどりついたんでしょ? ならわかるわよね? 私がなんで死神が見えるのか」

 

 母親、人間。父親、死神。あ、そっか。死神が見えなければ恋も結婚もできない。いやまてよ? そもそも死神は死ぬ間際の人にしか見えないはずだ。それならなぜ母さんに死神が見えている? 父さんが見えていた?

 

 僕が抱いた、最大の伏線のような疑問はしかし、軽く否定されてしまった。

 

「そんなの簡単じゃない。もともと見える体質だったのよ」

 

「そんな体質のやつなんているのか?」

 

「ああ。時々だけどな。幽霊見えるやつみたいなもんだ」

 

「ねえ、そんなことよりさー! そろそろ部屋に入れてくれてもいいんじゃない?」

 

「「あ」」

 

 僕と死神の声がそろった。まだ鍵を開けていなかった。

 

 

 

「まったく、親を閉め出したまま話を進めるなんて! この薄情者! 親の顔が見てみたいわ!」

 

 いや、その親はあなただから。そしてもう一人の親は今から探しに行くから。

 

「それで? あの人の居場所はわかったの?」

 

 あの人、っていうのはもちろん父さんのことだ。

 

「わかってるわけないでしょ? 今も情報収集に失敗してきたよ」

 

「あらそう。なら教えてあげるわ」

 

「「え?」」

 

 またもや僕と死神の声が被った。さっきから僕たちが驚くことばかり暴露するな。

 

「私はあの人の妻よ? 居場所くらい知ってなくてどうするの」

 

 父さんに聞いたんだろうけど、なぜだろう、ストーカーっぽいのは。

 

「まあ、ストーキングして調べたんだけどね」

 

 今度は僕も死神も声を上げなかった。その代わりに、態度で表す全力の軽蔑……。

 

「うそうそ、冗談よ! 本気でそんなことするはずないでしょ?」

 

 よかった、母親が犯罪者じゃなくて。

 

「やってたら言わないって」

 

 どうやら安心はさせてくれないらしい。

 

「それで? 父さんはどこにいるんだ?」

 

「あら、それが人にものを頼む態度かしら?」

 

「事情は説明しただろ? 時間が無いんだ」

 

「そうね、時間が無いのよね。ならとやかく言ってる暇は無いんじゃない?」

 

 変なとこで強情な母親である。

 

「冗談言ってる暇は無いんだって」

 

「冗談みたいな態度をとってるのはあなたじゃないの?」

 

「母さんは昔からそうだよ。そうやって大事な時でも――」

 

「忍だって礼儀というものがなってなのよ。だいたいね――」

 

「ストップだ。ここで親子喧嘩している場合なのか?」

 

 本題そっちのけで喧嘩し始めた僕らを止めたのは死神だった。だったのだが……。

 

「ん? 俺はなにも言ってねえぞ」

 

 そうなのだ。そもそも親子喧嘩を止めるようなタイプではない。むしろ面白がって観戦するタイプだ。じゃあ、「死神が止めた」この文句が嘘だったのか。嘘は言い過ぎでも、僕の勘違いだったのか。それも違う。喋ったのは確かに死神なのだ。そう、この物語に登場する、数少ない死神の一人、二人しかいないうちの一人。

 

「父さん!?

 

「明さん!?

 

「……」

 

 そう、尋ね人本人、元エリート死神であり、現在行方不明の詐欺師。天堂明、僕の父親その人だった。

 

 

 

「え? と、父さん……でいいんだよな……?」

 

 驚く僕を尻目に、なにやらぼそぼそと話している両親。

 

「あなた、なんで出てきちゃったのよ」

 

「仕方ないだろ、お前たちが俺のことをほっといて喧嘩なんかしだすから……」

 

「なんかってなによ、なんかって!」

 

「いや、そんな意味で言ったのではなく……」

 

「あ、あのー」

 

「ならどういう意味なの!」

 

「おーい、聞こえてます?」

 

「そんな深い意味はなくて……」

 

「おい! いつまでがたがた言ってんだ!」

 

 なかなか二人の話を遮れない僕に代わって、しびれを切らした死神が割って入った。確かに死神からすればイライラすることではあるだろうが、こんな短気だっけ?

 

「明さん、あんたにはちょっと話がある! 来い!」

 

 死神は父さんを連れて部屋の外に出た。イライラしてるせいか、敬語が剥がれかけている。

 

「なあ、母さん。なんで父さんがここにいるんだ? さっきの感じだと、なんか知ってるんじゃないのか」

 

「なんのことかしら?」

 

「おい、とぼけるなよ!」

 

「あら、それが人にものを頼むたい――」

 

「さっさと話してやれ!」

 

 再び始まろうとした親子喧嘩を止めたのは、今度こそいつもの死神だった。なんでこんなイライラしてるんだ?

 

「仕方ないわね。今度のお小遣いから情報料引いとくわね」

 

 なんて強かで大人げないんだ。少しは父さんを見習って欲しいものだ

 

「それでいいから話してやれ」

 

 まさかの父さんからの援護射撃。前言撤回、やっぱり死神を見習って――

 

「なんでもいいから早く話せ!」

 

 僕の味方はいないのだろうか。

 

「あのね、お父さんはずっとって言ってもここ数週間だけど、ずっとうちにいたのよ」

 

「は?」

 

 つい間抜けな声が出てしまった。父さんがずっと家にいた? いや、だって、そんな気配無かったし、ご飯を食べたりトイレに行ってる様子もなかったし、それに――

 

「あの人は死神よ? そんなもの、必要なわけがないじゃない」

 

 あ、そうか。確かに死神もご飯を食べなければ、トイレにも行ってない。

 

「でも、父さんはもうすぐ寿命が無くなるんじゃ……」

 

「ああ、それについては俺から話す」

 

 死神との話を終えて、父さんが部屋に入ってきた。

 

「だって、人生の最後くらい自分の家で過ごしたいだろ?」

 

「じゃあ、詐欺師をしていたのはどう言い訳するんだ?」

 

「いくら死神だからってなにもしてないのは暇だからな。ちょいと暇つぶしをしていただけだ」

 

「暇つぶしなんかで済ませていいわけないだろ? 何人の人の生活をめちゃくちゃにしてきたんだよ!」

 

「安心しろって。俺が今まで騙してきたやつらにはちゃんと対処してるからさ」

 

「対処って?」

 

「俺の寿命が尽きた後、協力者が補填してくれる手はずになってるからさ」

 

 寿命。そのワードで現実に戻された気分になる。

 

「まあ安心しろって。こちとら伊達に死神としてお前より長く生きてねぇんだ」

 

「そ、そうなのか……。ならそのことはいいとして、あんたの寿命は? あとどれくらいなんだ?」

 

「ああ、そっか、寿命があったのか。そうか、寿命か」

 

「おい、早く答えろ――」

 

「五分」

 

「……え?」

 

「五分だって言ってるんだよ」

 

「……」

 

「あらら、そんなすぐに逝っちゃうの? もう少し長く話したかったわ」

 

「なあ母さん、そんな簡単に済ませていいのかよ」

 

「いいわけないでしょ? 私はあなたより前からこのことを聞いてるの。ただそれだけのことよ」

 

「そんな、僕、まだ父さんに言うことが……」

 

「そうか。でもすまん、もう時間だ」

 

「父さん? 父さん!」

 

「忍、大きくなったな」

 

 その言葉を最後に、父さんはすっと消えた。音もなく、跡形もなく。

 

「死神の死ってのはあっさりしすぎてると思うんだがな」

 

 後には死神のそんな言葉と僕の涙だけが取り残されていた。

 

 

 

 次の日、僕は自然と目が覚めた。いや、ある意味不自然に目を覚ました。

 

「死神、どこに行く気だ?」

 

 僕の目線の先には窓から出ていこうとする死神の姿が。

 

「なに、ちょっと散歩にな」

 

「お前、知ってたんだろ? 父さんがうちにいたってこと」

 

 動揺して窓枠から足を滑らせる死神。こいつ、尋問に弱いな。

 

「なんでそう思うんだ?」

 

「明らかに不自然だろ? たまたまお前の仕事を探しに行った先で、たまたま父さんの情報を手に入れることができて、たまたま寿命ギリギリに帰ってくるって」

 

 全ては死神と父さん――もしかしたら母さんも――が仕組んだことだったんだ。どこからだろう。どこから僕は騙されていてんだろう。

 

「最初からだよ。俺らが出会う前、要するにお前が事故に会う前からこの計画はスタートしてた。まあ、お前が事故に遭ったのは想定外だったがな。もともと俺と明さんは仕事の関係で交流があって、って言っても俺が一方的に助けてもらっただけだが、なんにしろ、前々からお前のことは聞いてたんだ。そして、明さんの寿命のことも」

 

 その言葉で、父さんの死は、それは嘘じゃないと分かった。

 

「死ぬってのに、家族にも会えず、息子にも誤解されたまんまじゃかわいそうだろ? そこでこの計画を立てたってわけだ。もともとお前の寿命のこともあったしな」

 

「そうだ、僕の寿命はどうなるんだ? 父さんが寿命を迎えたってことは、僕のもとからの寿命のことも本当で、お前から貰った寿命ももう少しで尽きるんじゃ――」

 

「ああ、それも嘘だ。お前の寿命はまだまだあるぞ。なんなら、普通の人より長生きなくらい」

 

「え? でもお前は仕事を辞めて、そのせいで寿命がわずかになったから僕に分けられる分も少しなわけで」

 

「だから、そこが嘘だって」

 

「死神、まさかお前――」

 

「そう、俺は死神の職を辞めてなんかいない。バリバリ現役の死神だ」

 

「なら俺に寿命を与えたりなんかしたら」

 

「もちろん職務規定違反。明さんと同じように追われ続ける日々だ」

 

「なんでそんなことを」

 

「恩人のためにこれくらいできなくてどうするんだ? それに、あこがれの人と同じ末路なんて、これ以上の幸せはないだろ」

 

 やっぱりこいつは少しおかしいな。でも可笑しくはない。まったく笑えない。

 

「じゃあ父さんの言ってた協力者ってのは」

 

「そう、俺のこと。今から金とかいろいろ探しに行かなくちゃならないんでな。それに、いつ追手が来るとも知れねぇ。計画は無事終了したんだし、これ以上長居するわけにもいかねぇよ」

 

 そう言うとやつは窓枠に手をかけ、足に力を籠め――

 

「させるかー!」

 

 僕はその力の籠った足を、力いっぱい抱きしめた。

 

「ちょ、お前なにやってんだよ! 危ねぇだろうが!」

 

「うるさい。父親がしたことの後始末は息子の僕がする! 手伝わせろ」

 

「はぁ、お前、自分が何言ってるのかわかって――」

 

「うるさい」

 

「ったく、仕方ねぇな……。しっかり掴まってろよ?」

 

 

 

 こうして彼らの物語は終わり、また新しい日々が始まるのだが、それはまた次の機会に。