世界映画

 

 安堂なつ

 

 

 

手のひらで、両目を覆っていた男の子が、大きな声で、もういいかいとたずねると、あちこちからもっと大きな声で、元気にもういいよと言う声がいくつも返ってきた。

 

 そこで目を覆うのをやめた男の子が見たのは、しかし、奇妙な巨大生物だった。

 

 そばに立っている木よりもはるかに背が高い、見たことも無い四足歩行の重そうな生き物である。

 

 男の子は目を見開いて、呆然と立ち尽くしていたが、巨大生物は彼が見えていないかのように、のろのろと近づいてくる。

 

 このままでは、小さな男の子が、この生き物に踏み潰されてしまうのではないかと思われた。が、そうはならなかった。

 

 巨大生物が男の子と触れ合うところでなんと、すっとすり抜けたのだ。

 

 

 

 ***

 

 

 

 この現象は世界中で起こっていた。

 

 現代では見られない生物があちこちに現れて、人や物と触れ合う時にすり抜けるので、一切触れることができないのだ。

 

 世界中で様々な声があがり、人々が見ているのは、古代の生物だと言う結論に至った。それも、日が経つにつれて、時代が進んでいるのだと言う。

 

 まるで、地球の歩みを一本の映画にまとめて、世界中で立体的に上映しているようである。

 

 テレビでは、現在の最新技術でも、ここまでの映像を作り出せないとか、なぜこのような現象が起こっているのかなど、専門家たちが結論の出ない話を繰り返していたが、難しい顔をした専門家たちを生物がすり抜けて行くのでなんとも滑稽である。

 

 昔は海だった地域は映像の海に沈み、学者たちは古代の学説が間違っていたのではないかと議論し始めた。

 

 社会は始めこそ大混乱に陥ったが、予想されたよりも早く落ち着きを取り戻していた。

 

 

 

 ひっくり返されれば落ちるしかない砂時計の砂のように、なす術がないと分かると、人は思いのほか環境に適応していくのである。

 

 それでもやはり、なぜこの現象が起きたのか皆が不思議に思っていた。

 

 そして、答えが分らないまま何日もの日が過ぎていった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ねぇ、どうして、映像がずーっと流れているの?」

 

 男の子がたずねると、どこからともなく、返事が返ってきた。

 

「さぁ、地球が人生を思い出しているんじゃないかしら。人だって思い出すって言うでしょう。走馬灯って言うのかしら。人生の最後に自分の一生が映像となって、自分の中を駆け巡るって」

 

 その言葉を言い終わるか言い終わらないかのうちに、あたり一帯にけたたましい警報音が鳴り響き、地球全体を駆け巡った映画も終わりを迎えた。

 

 ――巨大隕石が地球に接近中、巨大隕石が地球に接近中、安全な場所に避難してください、繰り返します、安全な場所に避難してください。