法中年『とある野生のハゲ中年』

アルミホイル

 

 時々見る夢は、いつも同じで悪い夢だ。

 

 女の子と二人きり、灼熱のムードに包まれながら身も心も焼け焦がれていく……ロマンチックに描写するならそんな夢。別に令和十八年系のメンズ的に嬉しい内容とかそういうのじゃなくて、普通に四方を火の手に囲まれて女の子と二人っきりで絶体絶命になってて、シンプルに炭になるまで焼け焦がれる夢である。

 

 しかし幸いなことに、この夢にはヒーローが現れるのだ。

 

 忘れもしない。毛先ぼさぼさの白髪をだらしなく伸ばしたオタクっぽい男だった。

 

 アイツ絶対風呂入る時コンディショナーしてない。

 

「彼女だけ、助けてあげてもいい。精霊の名に誓って契約しよう。――その代わり、対価は払って貰うけど」

 

 精霊の名に誓って(笑)とか言い出すあたりがやはりかなり痛めのオタクだった。

 

 当時の俺も『精霊の名にに誓って』だとか『龍の名に誓って』だとか、思い出すだけで死にたくなるレベルの痛々しい黒歴史製造機だった。よってこの場においては『精霊に誓って』発言は『弁護士に立ち会ってもらって、契約書にサインする』って言うのと同等の効力を持っていた。俺は首を縦に振った。迷いはなかった。

 

 その結果、男は宣言通り少女だけを救ってその場を去った。

 

 後はゆっくり、嫌になるまで一人で殺人サウナを堪能した。

 

 

 

 

 

 という夢を見た翌朝はいつも激しい倦怠感に見舞われる。体が重い。

 

 時刻は午前六時二十三分。近所の小学校の大時計を見て確認する。まだ日が登って間もなく、辺りは薄暗い。目覚ましがてら、とりあえず水道で顔を洗う。気温の低い朝から水にかかると、やはり寒い。だが最低限の清潔感はなければ職場でも嫌な顔をされる。一説には不潔にしているだけで立派なハラスメントだと聞く。やはり清潔は人間として最低限のマナーだ。まぁ、朝からシャワーを浴びるのは少し勇気が要るが。

 

 とはいえ、この辺りは午前七時半を過ぎるまで人目につかない。午前七時半というのは小学校の登校時間だ。もし小学生に見られでもしたら安住の地を追われる羽目に遭うが、幸いその時間までには一時間ある。充分挑戦する価値はある。

 

 そう思い立って上衣に手をかけ、たるみきった下腹を凍て付く外気に晒した瞬間だった。

 

「おじさんのおうちはここなの?」

 

 振り向くとそこには、赤いランドセルを背負ったツインテールの愛らしい生命体が存在していた。しかし愛らしい外見とは裏腹に、公園に生息する野生のおじさんを『おまわりさんチクり』一つで抹殺できる極めて殺傷能力の高い生命体でもある。

 

 ――ここは何としてでも穏便に、この場をやり過ごさなくては。

 

「そーなんだよお嬢ちゃん! ここはただの公園に見えるかもしれないけどね? おじさんがちちんぷいぷいって言ったら空からでっかいお家が降ってくるんだよ〜!」

 

 設定が粗雑の一言に尽きる今世紀最大の苦しい言い訳。赤いランドセルの生命体も呆然としていらっしゃる。しまったな、想定より数年精神年齢が高かったか。ていうかあんな酷い言い訳、小学一年生でも見抜かれるかもしれない。いや、確実に見抜かれる詰んだ。

 

 今までありがとう、公園。さようなら公園ライフ。こんちには独房ライフ。

 

「おじさんすごいね! おうちだしてみてよ!」

 

 首の皮一枚助かったと同時――新たに訪れる危機。

 

 普通に考えろよ、空から豪邸が降って来る訳ないじゃないか。森羅万象を冷めた目で見る合理主義の現代っ子だろ、もっと頑張れよ。夢見てんじゃねえよ。

 

「い、いや、おじさんの家は空まで届くほど高くてね? 急に出しちゃったら、太陽の光遮っちゃって、街中が暗くなっちゃうんだ。だからおじさんの家は、深夜にしか現れないんだよ」

 

 ランドセルちゃんは残念そうに肩を落とす。瞬間、猛烈に罪悪感に襲われる俺。

 

 どうしよう。今すぐ謝ってポリスメンに自首しようかな。あ、でもそんなことしてもこの子の夢を潰すことに変わりはないのか。なんて罪深き俺。無間地獄に堕ちろ。

 

「じゃあ……よるあいにきたらおうちいれてくれる?」

 

 そんなんダメですって、お嬢さん。おじさんの犯罪者的才能がまた一つ目覚めてしまう。

 

 あくまで俺は紳士、そうアイアムアジェントルマン。だから君の願いは聞けない。

 

「いいかいお嬢ちゃん、夜は絶対に一人で出歩いてはいけない。お母さんが心配するだろう?」

 

「わかった! じゃあがっこう終わったら会いに行くね!」

 

「そうそう、それでいいんだ……!?

 

 それでよくねーよ。依然として危機は去ってねーじゃねーか。

 

 今すぐ訂正しないと。

 

「よかったここがおじさんのおうちで! もしここがおうちじゃなかったらおじさん、公園で服脱ぎ始めるただの不審者だもんね! おまわりさんにおはなししなきゃいけないところだったよ〜。――おじさん、ここおうちだから、いつでもここにいるよね?」

 

 やだなに怖い。この子、満面の笑みで首元にナイフ突きつけてくるんだけど。

 

「い、いや……昼間は仕事だから、いつももっと朝早く出勤するし……」

 

「魔法使いなんだから、お仕事なんてしないでしょ?」

 

 魔法使いをなんだと思ってるんだ。大当たりだけど。

 

「もしいなかったら、おまわりさんといっしょにさがしにいくね?」

 

「ずっとここにいますから!!

 

「うん! 約束だよ!」

 

 子役顔負けの百点の笑顔でそう言い、危険人物は半ば一方的に約束を取り付けて去っていった。……よし、逃げよう。遠くへ、ずっと遠くへ逃げて――新たな楽園を探すんだ。

 

 少女が去ってから二秒後、新天地を求めて全速力で駆け出した。しかしどこまで走ってるもいつか少女に会うのではないかと不安に駆られ、二日で県境を二回越えた。

 

 ――少女と再会したのは、その三日後のことであった。