りつあん

 

 拝啓 貴方へ

 

 私はこの人生に疲れてしまいました。だから、この世に別れを告げることにします。つまり、貴方とも別れる、ということを決めたのです。このことは私にとってはどうしようもなく辛いことではありますが、この世に生きることのほうが辛く感じるようになってしまったのです。いえ、辛いのではないかもしれません。ただ、この世にいてはいけないとそう感じているのです。ああ、これは罪悪感と呼ばれるものかもしれませんね。この際ですから私のことを貴方にさらけ出そうと思います。

 

 私は生まれた時から罪でした。罪を背負っていました。私の親は私という罪を生み出したことをさらなる罪と呼び、私が一人でも生きられるようになるまで育てるという義務を果たした後には互いを刺し合って息絶えました。遺言にはただ、「ごめんなさい」と。ただ、それだけでした。

 

 それを見たことで私はようやく自身の罪深さを知ったのです。罪深いだけならまだしも、私はそのことを自覚していなかったのです。これほどの罪はないでしょう。ええ、そうです。私は生来の罪だけでなく無自覚の罪も背負っていました。この贖罪は必ずするべきなのでしょう。このことも私の動機となっています。

 

 また、罪を自覚したからと言って私は何も変わりませんでした。その事実は私の心を締め付けてゆき、疲弊させました。私はどうすればよいのかわかりませんでした。そしてそれは私自身への怒りとなりました。

 

 それでも貴方は私を許してくれました。その寛容さは初めは私を楽にしてくれました。私に喜びを教えてくれたのです。貴方は私の救いでした。それは今でも変わりません。しかし、私はやがて苦しくなってきました。あんなにも優しく私を救い、いたわり、慰めてくれた貴方は今や私にとって苦しみとなりました。あんなにも優しかったあの貴方が! これは私に大きな衝撃を与えました。そして、今、これを読んでいる貴方にもきっと大きな衝撃となっているでしょう。謝ってすむような話ではありませんが、本当にごめんなさい。

 

 さて、これからの話をします。今後、私のことは忘れて下さい。私の亡霊にとらわれたまま、貴方の人生を壊さないでほしいのです。貴方の人生には私のような人が関わることはきっと間違いだったのでしょう。そのバグを今、私は取り除こうとしているのですから、バグのことは完全に追い出すのです。

 

 これは貴方と私の共通の友人に渡すことにします。彼女から親展扱いで受け取るでしょうから、これは絶対にほかの誰かに見せることのないように、お願いします。彼女にも見せないでください。

 

 それでは、愛を込めて。元気でいてください。さようなら。

 

                                                                     敬具

 

                                                                     Mより

 

 書き終えて、私はふぅと息を吐いた。これを郵送で「彼女」に送る。そして、近くの川に飛び込むのだ。これで書き納めと思うとなんとなく感慨深く思われるのが不思議なものだ。

 

 遺言を封筒に入れ、封にはロウを使った。更にこれを別の封筒に入れる。これで誰も開けないはずだろう。

 

 私はその封筒と家の鍵を持って家を出た。そして、郵便局に行き、料金を払って速達で「彼女」に送るよう頼んだ。その足で、私は家の裏の川に架かっている橋に行った。ちょうどいいことに季節は冬。きっと苦しまずに死ねるはずだ。

 

 そして、人通りがないことを見計らい、私は空に躍り出た。頭が下になるように気を付けて、私はすべての力を抜いた。さよなら、世界。さよなら、「彼女」。さよなら、貴方。――そこまで考えたところで私の意識は途絶えた。

 

 

 

 ……そして、次に気が付いた時、私はとある病室にいた、気がした。実際にはいわゆる集中治療室にいたらしい。どうやら、誰かが救急車を呼び、私は助かってしまったらしい。こうなったら貴方に合わせる顔は、ない。どこか遠くに逃げようか。私は真剣にそう考えた。しかし、貴方は来てしまった。いや、居た、と言うべきか。貴方は泣きながら、私に

 

「もう死にたいなんて、逃げようなんて、罪深いだなんて、考えないで。あたしはあなたに支えられていたのにあなたが死んでしまったらあたしはどうしたらいいの。あなたが罪深いというならあたしなんて罪深いどころじゃなくひどいのよ。どうしても、この世界に疲れたというのなら……あたしもこの世界から連れ出して、一緒に生きて行って」

 

 と、言った。

 

 私はどうすればよいのだろう。とにかくわかるのは私が死に損なった、つまり人生からの、世界からの、罪深いこの身からの卒業に失敗したということだ。

 

 あぁ。なんてしんどくて、辛くて、悲しくて、そして嬉しく、喜ばしく、幸せに満ち溢れているのか。貴方にはどう足掻いてもかなわない。貴方は私の、生き甲斐で死に甲斐で、喜びで悲しみで、愛で憎しみで、期待で不安で、プライドで劣等感で、好奇で恐怖で、しかも希望で失望なのだ。

 

「本当にありがとう、凛」

 私の言葉に貴方は名前の通り、凛とした姿で微笑んでくれた。