ミステリーデンシャツアー

音呼

 

 ガタンゴトン、ガタンゴトン

 

 

 

 首から下げたカメラを弄る少女の溜息がガラスを曇らせた。少女は不満だった。ミステリーデンシャツアーに参加できたは良いものの、お目当ての電車の写真を撮り尽くしてしまったのだ。とはいえ、最も興味のある、電車の外見は見ることすらできてないのだが。

 

 

 

 ガタンゴトン、ガタンゴトン

 

 

 

 少女の名前は鳶未夏。しがない鉄オタの中三である。彼女にとって、どうやってこのツアーに参加し、この電車に乗ったかは重要ではなかった。この電車の外見はどんな姿なのだろう、どんなに綺麗なんだろう。不思議な電車旅行の土産話と未知なる電車の姿を収めた写真を持ち帰ったら、鉄オタ同好会の皆はどんなに驚くだろう。ぐにゃぐにゃした吊り輪に、ふわっふわの席、カラフルな壁。こんな電車は見たことがない。つまり、このツアーが初披露となる電車と考えられるのだ。

 

 

 

 ガタンゴトン、ガタンゴトン

 

 

 

 とはいっても、体感で一時間はトンネルの中のように真っ暗な景色を眺めているだけ。一車両を一人で使っているので他の人との話も楽しめないし。振動が心地良くて、うとうとうと……

 

 

 

「えー本日はミステリーデンシャツアーにご参加下さり、誠にありがとうございます。ミステリーな世界へ普通列車でご案内致します。第一問!」

 

 はい? 第一問とは? 困る未夏を他所に電車は止まった。窓から外を見ると、一面のピンク世界。見渡す限りピンクの花が広がっていた。

 

「モスピンクの花詰草が美しいですねー。さぁ、まずは第一問、一つ目の駅に着きました。ここがどこを示すか分からなければ次に進むことはできません! たおやかな花のように柔らかい頭でお答えください」

 

 はい? 進めない? 更に困る未夏だが、不思議と答えなければいけない気もしてきた。モスピンクの花詰草……えーと、富士山のところかな……じゃあ静岡とか……いやいやそんな単純ではない気もする……。あ。花詰草の別名。

 

「御花畑(芝桜)!」

 

 プシューと音が聞こえ、御花畑(芝桜)がどんどん後ろに動いていく。ふぅ、と満足気な息を吐いた。

 

 

 

 ガタンゴトン、ガタンゴトン

 

 

 

「さあさあ2駅目です、次はもう少し難しいかもしれませんね。ウサギの毛のように柔らかい頭でお答えください」

 

 はいはい、2駅目ね。窓の真ん前にはウサギ小屋があり、外に一匹のウサギがいた。もっもっと草を食べてる姿は普通だが、目を引くのは背中の模様である。アメリカの国旗を描かれているのだ。うわ、犬の染色が流行ってるのは知ってたけど、これは悪趣味な気がする……という未夏の考えを見抜いたかのようにアナウンスが応答する。

 

「これはミステリーデンシャツアーです。日常と常識から、幻想と不思議を目指し動く電車なのです」

 

 そう言われるとそんな気もしてきて、真面目に考えることにした。ウサギ……兎……うさちゃん……アメリカ……ピザ……それはイタリアか……えーと……America……USA……お。

 

「宇佐!」

 

 今度もプシューという音と共にウサギは後方へ消えていく。笑みを浮かべて少し欠伸をした。

 

 

 

 ガタンゴトン、ガタンゴトン

 

 

 

「さてさてなんともう3駅目です」

 

 お、今度は何だろう……あれ? 困惑するのも無理はない、窓の外はトンネルの壁のみであった。これは……トンネル関係の駅名なのか……うーむ……。何かヒントがないかと壁を見るが、光の関係か自分の顔を見つめることとなる始末。どうしようかと唸っていると。

 

「見えるものを見て、聞こえる声を聞く。物事の本質は案外簡単ですよ」

 

 またよくわからないアナウンスが。見えるものは……自分の顔だけ、そして聞こえる声は自分の声とアナウンス。そういえば、誰がアナウンスしているんだろう。ツアーというからには自分以外が他の車両にいるはずなのに、自分とだけ対話している。

 

「それでも解決しないなら、視点を変えるか、とりあえず笑いましょ。電車が漏電しゃーがった! いやーこれは傑作ですね、ははは」

 

 おもむろに脱いでいた上着を羽織り、また考える。視点を変える、つまり聞こえる声は自分の声、自分の気持ちか。それから笑おう、か……。違和感と寒いギャグ。これが指す言葉はつまり。

 

「笑内!」

 

 プシューーーーー。動き出した電車は長いトンネルを走り抜け、地下らしき駅に着いた。

 

 

 

「終点、終点です。荷物を忘れずに、とっととお降りください」

 

 頭に響く声にはっと目が覚める。慌てて荷物を持って出ると、さっきまでの事を思い出し慌てて走り去る車体をカメラに収める。にんまりして写真を見返し、動きを止めた未夏の耳に聞き覚えのある音楽が入り込んだ。

 

「……見えるものを見て、聞こえるものを聞いたら、なんだか嫌な予感がするんですけど」

 見覚えのあるオレンジ色の車体。聞き覚えのある「線路は続くよ」のメロディ。ミステリーツアーの電車に乗った夢を見たのか、はたまたミステリーツアーの電車の中で夢を見ているのか。どちらにせよ、悪夢なのに変わりはないのだが。遠くで授業開始を告げるチャイムが鳴った。