二度殺さむとする話

 

トリトン

 

 昔女ありけり。男の三月ほど通へる、女と契りたるが、水無月の望月ばかりよりやみぬ。男の夢に出づるもなし。一月待ちても便りなし。人をやりて追はせば、他の女に通ひた(ン)なり。覗きける舎人の言ふには、御姿優にやさしかれども、みめかたちいとわろし、と。女ゆゑえ通はず。かの女のいと妬ければ、世の覚えよき陰陽師呼びて、「知られで女を殺さむと思ふ。いかがはすべき。」とぞ尋ぬる。「任せたまへ。一月もあらば、必ず殺し侍らむ。よもや知られじ。」と答ふ。いかがはしけむ、かの女失せぬ。しかれども男はかこち、泣くばかりにて戻らず。再び陰陽師呼びて問ひて曰く、「なびかせらるるか。」と。やすしと答へり。言ひけるに違はず、男通ふやうになりけるを、「我がかたちわろからざらむに、陰陽師なくは戻らざりけむ。かの女我にいづこかまさりけむ。返す返すもねたし。」と覚えけり。隠れむ折に「今一度殺さばや」とぞ言ひけ(ン)なる。

 

〈現代語訳〉

 

 昔、女がいた。男で、女の下に三ヶ月ほど通っていた、女と約束をした男が、陰暦六月の十五日くらいから来なくなった。男が女の夢に出ることもない。一ヶ月待っても連絡がない。人をやって男が屋敷から出るのを追いかけさせると、他の女の下に通っているようだ。家の中を覗いた従者の言うことには、その女のお姿は優雅で上品だが、顔かたちはたいそう醜い、と。女であるから自分から男の下へ通うことはできない。女はその女のことがたいそう妬ましいので、世間の評判のよい陰陽師を呼んで、「他人に知られずに女を殺そうと思う。どうすればよいか。」と尋ねる。陰陽師は「任せてください。一月もあれば必ず殺しましょう。きっと知られません。」と言う。どのようにしたのだろうか、女は死んでしまった。しかしながら、男は嘆き悲しむばかりで、女の下に戻らない。女がもう一度陰陽師を呼んで尋ねることには、「男を私に靡かせることはできるか。」と。陰陽師は容易だと答えた。陰陽師が言ったのと違わず、男は女の下に通うようになったが、女は「私は顔かたちがそれほど劣っていないだろうが、陰陽師がいなければ男は私の下に戻らなかっただろう。あの女は私にどこが勝っていたのだろう。返す返すもあの女が妬ましい。」と思った。死ぬようなときに「もう一度あの女を殺してしまいたい。」と言ったということだ。

〈嫉妬〉