お好み

 

 僕の目の前で鉄板の上にのったお好み焼きがじゅうじゅうと気味のいい音をたてる。やはりお好み焼きはいいものだ。美味しいし、リーズナブルだ。まぁ、値段はどこで食べるのかにもよるが。

 

「お、お前のやつ、そろそろ温まったんじゃね? も~らい!」

 

「あ、おい! 雪平、僕のとるなよ」

 

「い~じゃん。そんなケチ臭いこと言わないでさ。俺のも一口やるから」

 

 向かいの席に座っているのは雪平。僕の幼なじみだ。生まれたときから大学まで、ずっと一緒だ。同じ小学校中学校高校大学とよくもまあここまで揃ったもんだ。下手すりゃこのまま死ぬまで一緒なんじゃないかと思う。

 

 話は変わるが、ここのお好み焼き屋はある程度作られてから出てくるので料理が苦手な人や関西人以外でも美味しく食べられる。関西人がお好み焼きやたこ焼きといった粉ものを美味しく作れるというのは偏見なのだろうが。実際問題家にたこ焼き器が無い大阪の家庭だってあるだろう。あ、ちなみに僕らは関東の出身だ。そしてもちろん一から上手く美味く作る自信はない。

 

「お待たせしました、焼きそばです」

 

「お、きたきた待ってました~」

 

 雪平が頼んだのは焼きそば。おい。なんでお好み焼き屋に来て焼きそば頼んだんだよ。そこらへん、僕と雪平は相容れない。僕はうどん屋に行けばうどんを頼むし、焼肉屋に行けば肉を食べる。しかしあいつはうどん屋に行けばそばを食べ、焼肉屋に行けば石焼ビビンバを食べる。そういうやつだ。

 

「お前のも一口もらっていいんだよな?」

 

「ああ、いいぜ」

 

「じゃあ遠慮なく」

 

 僕は焼きそばに入っていた肉をできるだけ集めて一口で食べた。

 

「はい、一口もらったぞ」

 

「誰も肉だけで一口とは言ってないだろ~!」

 

「それを言うなら麺を含めて一口とも言ってない」

 

 僕の勝ちだ。

 

「ちくしょ~。それなら俺ももう一口お前の肉をー」

 

「んだとごらぁ!」

 

「わわっ! 調子乗りました!」

 

「雪平、雪平。お前じゃない」

 

「ん?」

 

 近くの席で店員がやらかしたらしく、客が怒鳴っていた。やらかしたといっても水を注ぐときに少しこぼしただけだ。そんなに怒鳴ることじゃない。だが、今しがたの怒声はその店員に向けられたものではなかった。

 

「だから、あんたうるさいって言ってんのよ。ここどこかわかってる? ご飯食べるとこよ? そんなとこでこんなことで怒鳴ってんじゃないわよ」

 

「んだとごらぁ!」

 

「大きな声出せばいいってもんじゃないわよ。うるさいわね」

 

 どうやら店員と客の間に割ってはいった女性がいたみたいだ。そりゃあれだけ大声で怒鳴ってりゃ誰だって気になるし、イライラもするけどまさかあんなに啖呵を切るとは。よほど気の強い人なんだろうな。

 

「俺、あの人好みだわ」

 

「まじかよ、雪平」

 

 雪平ってあんな人が好みだったんだ。今まで一緒にいたが、今初めて知った。僕のほうはと言えば、気の強い女性は苦手だ。元々僕が気の弱いほうだからかもしれない。

 

「てかあれ止めないと不味くないか?」

 

「ほっとけばいいんじゃないか? 正直、関わりたくない」

 

 冷めている僕と違って雪平は正義感が強い。この性格のせいで今までどれだけのやっかいごとに巻き込まれたことやら。

 

 ただ、今回は違ったみたいだ。いや、雪平の正義感が、じゃない。あいつはそこらへんぶれないんだ。違ったのは巻き込まれる原因のほう。こちらから寄るんじゃなくて、やっかいごとが向こうからやって来た。

 

「ねぇ、あなたもそう思うでしょ? 雪平君」

 

「えっ! 俺!?

 

「そう、君だよ。そしてその幼なじみの……名前なんだっけ?」

 

「いや、名前なんてどうでもいいですよ。それよりなんで俺らのことを知ってるんですか?」

 

 人の名前をどうでもいいとか言うなよ。

 

「まあまあ、とりあえずこっちに来なさいよ。そんなとこいないでさ」

 

 場の空気に逆らうこともできず、僕らは女の人のもとに召喚された。

 

「さてと。なんでって、大学一緒じゃない。なに言ってるのよ。知らないの? この水無あさみを」

 

「おい、あんな人いたか?」

 

「ああ、そういえば見かけたような気もする……」

 

 あさみさんに聞こえないよう小声で話す。向こうが知ってるのにこちらが知らないというのはなかなか気を遣う。受け答え一つ間違うと相手を傷つけかねない。

 

「おい! てめぇら俺をほっといてなにいちゃいちゃしてやがんだよ!」

 

「「いちゃいちゃなんかしてない!」」

 

 僕と雪平の声がかぶった。誰かもわからない人といちゃいちゃしてるとは言われたくない。そこまでチャラくはない。まぁ普通は男女でハモるもんだけどな。

 

「えっ!? 違うの!?

 

 大袈裟に驚くあさみさん。なんであなたが驚いてるんですか。というかいちゃいちゃしてるつもりだったんですか……。

 

「ああ! もういいよ! つまんねぇことで怒鳴って悪かったな!」

 

 怒鳴って悪かったと怒鳴って男は店を出ていった。あさみさんの空気に飲まれたんだな。ん? あの人お金払ったか?

 

「あ~あ、あいついっちゃった。ほんとむかつく。なんで静かに食事もできないのかな」

 

「あ、あの~。ところでなんで僕らのこと知ってたんですか?」

 

 僕は思いきって聞いてみた。

 

「君のこと、ずっとみてたからね」

 

 明らかに僕を指差して言った。なにか悪いことしたかな?

 

「お、おい、それって――」

 

 ん? どういうことだろう。雪平は焦ってるけど。

 

「これからも頑張ってほしいな、夢に向けて」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 あの男にも注意してたし、案外いい人なのかもしれない。最初は苦手だとか言ってたけど、こうして話してみると結構気が合うかも。

 

「そろそろ講義の時間だから私行くわね。じゃあね~」

 

「あ、さようなら」

 

 最後まで聞かずに店を出ていってしまった。忙しないひとだなぁと思いながら自らの席に戻った。

 

 いや、前言撤回だ。やっぱりあの人は苦手だ。いや、嫌いだ。時間を忘れ、話しこんでいた僕を待っていたのは焦げたお好み焼きだった。