風景画の彼女

 

 

 本日も異常なし。世界は今日も回っている。

 

 今日もまた、日記にそう書き表したくなるような平和で平凡な日々であった。華の高校生と呼ばれる時期も残り僅か。終わりが見えてきたからと言って、周囲の人間のように突然世界が明るく見えたり、目の前が暗くなったりすることもなく、私は変わらぬ毎日を送っていた。

 

 友人たちの中には、最後の部活動にすべてを捧げている者もいた。彼らは日に日に近づいてくる終わりを見て、そこでしっかりと燃え尽きるために、ますます光り輝いているようだった。

 

 その姿を見かけるたびに、私は何とも言えない焦燥に駆られていた。何かをしなければ、私がここにいた証も、意味もなくなってしまうような気がした。かといって、何をしたいとも思わなかった。ただ、何かがしたかった。

 

 

 

 ほとんど参加もせず、幽霊のように私の存在が認知されていたかどうかさえ怪しかった部活動の顧問から、卒業までに何か残してみたらどうだ、と言われた。昼休みのことだ。

 

 私は美術部員だった。今となっては入部した理由なんてものはほとんど思い出せもしなかった。一番活動日数が少なかったからか、一番活動に中身がないように感じられたからだったかもしれない。そんな部活ではあったが、どうやら三年間何もせずに終わることはできないようだった。

 

 放課後。顧問に促され、何時ぶりかもわからないほど久しぶりに部室である美術室に入った。私を待っていたのは、静かに空を見上げる後輩らしき男子生徒と真っ白なキャンバスだけだった。私をここに呼び出したはずの顧問の姿はどこにも見えなかった。

 

 部屋に入ってから約十分が経過した。ここまで居心地の悪い空間に出会う機会は、なかなかないと思った。窓際の男子生徒は、私のことなど気にもしていないのか、窓の外を見上げたまま動かない。もしかしたら私に気が付いてすらいないのかもしれなかった。

 

 この場の空気に溶け込むためには何か絵を描き始めればいいのだという気はした。しかし、ほとんど部活動に参加しなかったどころか、この三年間絵を描くこともしなかった私は、この部屋のどこにどのような道具があるのか全く知らなかった。結果。私はそろりそろりと窓際の彼に近寄り、数分後、彼が窓から顔を戻したのを見計らって話しかけることしかできなかった。

 

 声をかけると、彼は幽霊を見たような顔でこちらを見て、すぐに思い出したようにゆっくりと立ち上がった。

 

「先輩、ですよね。先生からお話は聞いています。突然のことで驚かれたとは思うんですが、この部活では、卒業までになにか一つは作品を作ること、と決まっているらしいんですよ。僕もこのあいだ初めて聞いて、驚いて。だからほら、慌てて書き始めたんです。どうせなら満足のいくものを描きたいじゃないですか。そのためには、じっくり描けるに越したことはないですから」

 

 後輩であるとわかった彼はそう笑った後、いろいろと持ってくるので待っていてください、と言い残して隣の準備室に入っていった。

 

 残された私は、彼が向かい合っていたキャンバスを覗き見た。彼の様子を見る限り、青い空の絵がかいてあるのだろう。そう思って目を向けた先で目に入ったのは、真っ黒に塗りつぶされた彼の絵だった。

 

 絵についての知識を一般人程度にしかもっていない私には、これがどのような種類の絵なのかはわからなかった。しかし、何度も絵の具を重ねたのか所々がぼこぼこと盛り上がった黒い絵が、普通のものではないことは一目で分かった。予想を超えたものに言葉を失っていると、いつの間にか戻ってきていた彼が照れ臭そうに頬を描いた。

 

「どうですか。まだまだ製作途中のものですけどね。結構な力作なんですよ。良ければこの段階での感想とかいただきたいです」

 

 彼が専門的な意見を求めていないことくらいは、すぐに分かった。私にそんな知識がないことくらいはすでに知っているはずだ。きっと普段は閑古鳥の鳴いているこの部室に、自分以外の人間がいるのが純粋に嬉しいのだろう。そんな風に歓迎されるとは思いもしなかった私もなんだか嬉しくなって、普段はあまり使わない、気、というものを使ってみようかと思った。彼の様子から見るに、きっとこれはただの黒色でもなければ失敗作でもない。

 

「これは、空の絵、なんだよね。夜空、なのかな」

 

 彼が少し驚いたように見えたので、的外れなことを言ってしまったのかと思った。やはり使い慣れないものは使うべきではなかっただろうか。

 

 しかし彼はすぐに嬉しそうに笑って、そこから悪戯っ子のような顔になった。彼の表情は豊かに変化していき、見る人間を飽きさせない。そんな彼は、人気のないこの美術室にはあまりにも不釣り合いで、思わず笑みがこぼれた。

 

「凄い。その通りです。これはこの後空になるんです。でも夜空ではありませんよ。今はまだ空でもないです」

 

「それはまだ、製作途中だから?」

 

「そうですね。じゃあここで先輩に問題です。まだ完成していないこれは、今何の絵だと思いますか?」

 

 彼の眼には期待があった。それに応えるためにも、よくよく絵を観察してみると、黒一色に見えたその絵には、実はたくさんの色が塗りこめられていたのが分かった。

 

 じっと見つめる。遠くから眺めてみる。目がちかちかしてきた。助けを求めて、彼を見た。彼はこちらを見返しながら頭をかいた。

 

「うーん。難しいですか。そうだな。それなら。顧問の先生はこれを見て、俺には暗闇にしか見えん。とおっしゃっていました。それも間違いではないです。これは人によっては暗闇でしかないものですから。これがヒントです」

 

 彼はそう言うとまた最初のように黙って空を見上げた。つられて私も外を見た。日は傾いて、東の空から少しずつ闇が広がり始めていた。

 

 同じように空を見ながら、私は彼の絵について考えていた。人によっては暗闇でしかないもの。空になる前のもの。彼が見ていたのは、空。でも空ではない。上を見上げながら、目を凝らす。窓の外、上には空のほかに何がある。闇。そこまで考えて、あっと気が付いた。

 

「もしかして、君の今の絵って、宇宙? あの青空の向こう、にあるみたいな」

 

 それを聞いた彼は、これまでの比でないくらいに、顔を輝かせて身を乗り出してきた。

 

「凄い。先輩ほんとにすごいですよ。そうなんです。だからこれはこれから空になるんです」

 

 だから、と彼が続けようとしたところで、無情にもチャイムが鳴った。はっとなった彼が、慌ててキャンバスを動かし始める。彼はこちらを見て、手を動かしながら言った。

 

「先輩も、それ片づけちゃってください。とりあえず、こっちに持って来るだけでいいですから」

 

 私も慌てて、見よう見まねで片づけを始めた。施錠をしながら、彼は言った。

 

「先輩は、どんなものを描きたい、とかあるんですか?」

 

「なにも。綺麗なものとかいいかな、って思うくらい。君は、どうしてあの空を描こうと思ったの?」

 

 えーっとですね。そう言ったまま彼はしばらく続きを話さなかった。そのまま並んで校門をくぐりぬけ、道を歩く。彼はまた空を見上げた。

 

「なんだか、イラっときたんです」

 

「イラっと?」

 

「はい。みんながよく描くキレイな空ってあるじゃないですか。白い紙に水色の色鉛筆とか絵の具を使って、ふわーっと色を付けるような」

 

「うん」

 

「それが許せなかったんです。僕にはその色は、空とは似ても似つかない薄っぺらい色に見えて。空はもっともっと深くて、いろいろなものを含んでいるのに、それがわからないのかーって、だから、僕が納得のいく空を自分で描いてやろうと思ったんです」。

 

「そっか」

 

 そこからはずっと、二人で無言のまま歩いた。

 

 それじゃあ、僕はこっちなので。失礼します。またね。

 

 そう言って私たちは分かれた。私はここからはバスに乗って家に帰る。

 

 中途半端な時間帯の乗客の少ないバスに揺られながら、私は窓の外を見ていた。たったあれだけの時間で、彼に影響されたのかもしれなかった。

 

 夕日と薄闇に色づけられた町は、薄赤紫色に染まって、蛍光灯に照らされたバスの車内とは、異なる時間が流れているように見えた。時間が止まったようにも思える外の世界の中で、太陽だけが時間の流れに従ってゆっくりと動いていた。

 

 バスが角を曲がった。ここからバスは小さな丘を登る。そこには、ポツン、と置いていかれたような形で一つ、バス停があった。緑に覆われた丘の中で、その周りだけが西に開けていた。随分前に足が折れて転がった長椅子と白い塗装がはがれて錆びついた看板がどことなく暗い雰囲気を出しているそこを利用している人に、私は出会ったことがなかった。

 

 そのバス停が、今日のこの時は赤く燃えていた。火事ではない。夕日によってだ。赤い光に包まれたそこは、もはや違う世界のようだった。

 

 ゆっくりと、バスは止まった。誰も降車のボタンを押してはいなかった。ドアが開く。当然、誰も降りようはしない。私はなんとなく、開いたドアから真っ赤に染まった外の世界を見て、気が付いた時にはバスを降りていた。

 

 降りるつもりのなかった名前も知らないバス停に意図せず降りてしまったことも、後ろでバスが音を立てて去っていったことも気にはならなかった。私の心は、目の前の光景に奪われていた。

 

 少しずつ沈んでいく夕日はその日最後の仕事に力強く輝き、所々に薄く散った雲は、その光を反射し世界の隅々にまで太陽の存在を知らしめるようとするように、赤く染まっていた。

 

 吸い込まれるように、一歩、二歩。そこで私は、ようやくここにいるのが私だけではないことに気が付いた。

 

 夕日に向いた、少女がいた。私も世間一般には少女という枠に入るが、彼女は私よりも幼いように見えた。一度気が付いてしまうと、もう目が離せなかった。

 

 柵にもたれかかってこちらに背を向けているせいで、顔はわからない。腰近くまで伸びた黒髪が照らされて、そのふちが茶色にも赤紫色にも見えた。光に溶けていくようでもあった。髪とは対照的な薄い色のコートは、夕日と一緒に燃えているようで、裾からは白い足が見え、くるぶしのあたりから同じく白い靴下と靴に消えていた。

 

 彼女がバスを止めて、私を呼んだのだろうか、とぼんやり思った。そう思わされるくらいの光景だった。赤に包まれた彼女はそれでも決して赤に飲まれることはなく、人ではないもののように美しかった。妖精や女神がこの世存在するのならば、このようなものであるのだろう思えた。

 

 何より、私が来てからピクリとも動かずに夕日を眺めて続けている彼女は、周りの景色を混ぜ、景色と混ざり合っていた。彼女もあわせて、一枚の風景画のようだと思った。

 

 この絵を描きたいと思った。

 

 背後に、バスが止まった。もう帰る時間だと、迎えが来たようだった。まだ沈み切る気配のない夕日と振り向かない彼女に後ろ髪をひかれながらも、私はバスに乗った。

 

 彼女は一度も動かなかった。

 

 

 

 次の日から、私は毎日美術室に行き、同じように毎日来ている後輩の彼に助けられながらあの夕日の絵を描き、毎日同じ時間のバスに乗った。

 

 バスはあのバス停に、時折止まった。何日も連続で止まることもあれば、一週間近くも止まらないこともあった。バスが止まれば、必ずそこに彼女はいた。何度かそれを経験するうちに、だんだんと法則が見えてきた。

 

 バスは夕日の特にきれいな日にしか止まらない。曇っている日や、晴れていても夕日がくすんで見えるような日は駄目だった。かといって、雨が降るといけないというわけでもないようだった。ある雨の日には、日が沈む方向だけ雲が切れてた。そこから差し込んだ光が雨粒に反射して宝石のように見せていた。もちろんバスはバス停に止まり、彼女は白い傘をさしてそこに立っていた。

 

 自分で降車ボタンを押すことはしなかった。あそこは、彼女に呼ばれてたどり着いてこそ意味がある気がしていた。

 

 

 

 私の絵は、完成に向け思いの外順調に進んでいた。夕日の部分は部活の時間内で問題なく完成できそうであった。問題なのは彼女の部分だった。

 

 イメージが、纏まりきらない。彼女が何者なのかが定まらなかった。

 

 初めて会った日は、妖精のように感じられた。きっと、あの夕日を見ていた眼は、穢れを知らない幼い子供のようなのだろうと思った。

 

 空の紫が強かったある日は、実は彼女は私に気が付いていて、今にも振り返って怪しく微笑み、私を取って食らおうとしているのではないかと思った。その後ろ姿はとても少女には見えず、何百年と生きた魔女なのではないかと思えた。

 

 またある雨の日には、彼女はおとぎ話の姫君に見えたし、またある時はよくできた人形のように思えた。

 

 そうこうしている間にも、終わりの日は迫っていた。私たちが部活動をすることが許されるのもあと数日。絵の中の彼女は、描いている間に私の中で二転三転したイメージを表すように、不安定だった。私は何とかもう一度彼女を見て彼女の像を固めたかったが、それを見透かしたように曇りの日が続き、あのバス停にバスは止まらなかった。

 

 ついに、その日は訪れた。夕日の特にきれいな日だ。絵を描く時間を考えれば、最後のチャンスの日だった。今日彼女に会えなければ、絵の中の彼女は不完全なままだ。逆に今日、会うことができれば、私は彼女の姿をより完璧なものに近づける。そんな気がしていた。

 

 そんなことを考えながら歩いていたからだろう、目の前でバスが走り去った。しまった。乗り遅れた。もう日は沈みかけていた。次のバスを待つが、もちろんすぐには来ない。今日の夕日は完璧だった。確実に彼女に会えると思ったのに。

 

 次にやってきた、バスに乗る。日はもうほとんど沈んでいた。この状況でもあのバス停にバスが止まるのかどうかは、わからなかった。

 

 バスが丘に登る。当然、降車ボタンは押されない。バス停が近づく。バスの速度は緩まらない。私はボタンを、押していた。

 

 バスは止まった。私は急いでバスから降りる。西の空では、太陽がわずかに姿を見せて、すぐに消えた。赤い光の余韻があたりに満ちる。その中に、彼女はいた。

 

 一歩、二歩と彼女に近づく。不意に彼女がこちらを振り向いた。彼女は、そこで初めて私に気が付いたようだった。

 

 私が身構える間も、期待に胸を膨らませる間もなかった。私の中で何度も正体を変えた彼女は、長い黒髪を風に吹かせてこちらを向いた。短く折られた地元中学の制服である紺色のスカートが、動きに合わせてふわりと広がった。

 

 彼女は突然現れた私に驚きながらも片頬だけにえくぼを浮かべて、人懐こく笑った。笑うとさらに下がるたれ目気味の大きな目と、うっすら浮かんだそばかすが、親しみやすさとかわいらしさを生み出している。

 

 眉の上で短く切られた前髪の下からまだ少し明るさの残る空を見て、彼女は言った。

 

「綺麗でしたよね。夕日」

 

 私もそう思った。ただうなずいた。

 

 私たちは少しの間、黙ってきれいに染まった空を見ていた。

 

 翌日。私は新しく一つの色も重ねることができなかった。ぼうっとキャンバスを眺めていた私は、普段よりも随分と早く家に帰った。夕日などというものは、見なかった。

 

 

 

 月日は過ぎて、卒業の日。部活の仲間に挨拶を、と去っていった友人たちを見て、私も久しぶりに美術室を訪れた。

 

 そこでは、後輩の彼と二つのキャンバスがいつものように私を待っていた。私のほかに、卒業生はいないようだった。彼は変わらず窓際で空を眺めていた。彼のキャンバスは、最後に見た時よりも少しだけ青みを帯びて見えた。私のキャンバスは、あの時から何一つ変わることなくそこにあった。

 

 彼は私に気が付くと、パッと立ち上がって言った。

 

「先輩、待っていましたよ。ご卒業、おめでとうございます。お久しぶりですね」

 

 この場所の変わらなさに、昨日も来たばかりのような気もしたが、同時に随分と懐かしい気もした。

 

「久しぶり。ここって、私以外は卒業生いなかったんだね」

 

「そうですよ。そして僕が、次の部長になったんです。先代部長は先輩だったんですよ。知っていました?」

 

 彼は、えっへん、と胸を張りながら聞いてきた。

 

 知らなかった。知らない間に部長になっていたのはどうなんだろう、と思ったが、確かにそう思えば辻褄が合うことも多い。思い返せば、あの絵の制作中にほかの部員に会ったことは一度もなかった。顧問が、ほとんど会話もしなかったはずの私の存在を知っていたのも納得できる。

 

 ああ、そうだ。と彼は言う。

 

「先輩の絵、どうしますか? あの一人一枚のノルマは実は代々の部長だけのものだったらしいんですよ。で、描いたものをそのまま置いていく人もいれば、写真だけ残して持って帰る人もいるらしいんです」

 

 それも初耳だった。あの顧問は、私に情報を伝えるのにわざわざ彼を使う。彼に聞くと、まれに部室にも来るというのだが、私はあの日以来話したことがなかった。自由な人だ。

 

 どうしたいですか、と聞いてくる彼に、学校に残しておこうかな、と返す。

 

「いいんですか? 先輩、この絵を随分と気合を入れて描いていましたよね?」

 

 彼は心底意外そうな顔で言った。

 

「いいよ。もしおいておく場所がないのなら、写真だけ取って捨ててもいいんだけど」

 

「そんなことしませんよ。これを置いておく場所は、美術部部長の名に懸けて、作り出します。僕はこの絵、気に入っていたんですから」

 

 もう、私はこの絵に対してあの時のような魅力を感じることはできなかった。それは、都合の良い夢から覚めたからかもしれなかったし、彼女かあるいは自分自身に失望したからかもしれなかった。それよりも私は、この絵を好きだと言った、彼の意見が気になった。

 

「この絵の、どこがそんなに気に入っていたの?」

 

 彼がにっこりと笑って指さしたのは、どんなに不安定であっても、変わらず夕日を眺め続けた彼女だった。

 

「この、夕日を眺めている彼女です。他人事な気がしないというか、何というか。とにかく親近感がわいたんです。一回会って話してみたいな、と思うくらいに」

 

 そう言われてみると、確かに彼と彼女は醸し出す空気が似ている気がした。空を見つめ続けるときの、邪魔をしてはいけないと思わせる何かがそっくりだ。確かに、話も合うかもしれない。

 

 あの日。空が大分暗くなったころ。彼女は私にぺこりと一礼して、私の家と同じ方向へ、歩いて行った。あの方向なら、案外近所に住んでいるのかもしれなかった。昔の私と同じ色の校章を付けていたので、きっと卒業も近いだろう。あとは学力だが、それもなんとなく大丈夫な気がした。

 

「意外とすぐに会えるかもよ。その絵にある空の下で、だとか」

 

 彼が似ていると感じるのなら、きっとそうなのだろう。冗談交じりに、彼の少し明るくなってきた空を示す。

 

 これは、思いがけなくキューピットになれるのかもしれない。これから先を見届けられないのが残念だが、ここに来るかどうかもわからない彼女のために、私の絵を置いていくのも楽しそうだ。

 

 彼はきょとんとした後、そうだといいですね、と笑った。夢物語を聞いたような反応だった。それが、それほどあり得ない話ではないことを、私だけが知っている。

 

 そう思うと、私のこの絵も再び魅力を取り戻したように見えたのは、少し夢を見すぎだろうか。