血の儀式

海洋渡

 

 窓の外は薄暗かった。どこか青白い蛍光灯の空気の中で、今は数学の授業中だった。初子の斜め前、少し離れた席の女子生徒が教師に名指しされて立ち上がり、――そしてそのすぐ後ろの男子が、あ、と小さな声を上げた。女子生徒はくるりと身をひねり、数秒後に血相を変えた。

 

「アア……違う、これは」

 

 連れて行ってあげなさい、と教師が何ともいえない気まずげな表情で言った。初子は次に儀式が訪れるのは自分だという気がしてならずに、机の上に組んだ両手に目を伏せた。

 

 

 

 これはずっと昔から定められた儀式なのだと、いつか初子の母は言った。どこかの誰か、初子のうかがい知らない絶対的な誰かが知らないうちに定めた儀式。おおよそ一月に一度訪れる決まりにはなっているようだが、「誰か」の気まぐれに拠るところが大きく、日々背中に迫る視線と、明日にも、という恐怖と戦わなければならない。

 

 件の女子生徒の三日後に、初子にも儀式がやってきた。抉られるような波打つ激痛に重ね、滴る赤い液体を、初子自身の意思でとどめることは決してできなかった。

 

 閉ざされた狭い、独房にも似た空間の陰に座り込んだまま、初子は顔を覆って泣いた。

 

 

 

 こう欠席が多いとさすがに進級や進学にも関わる、ややいらだったようなそんな担任の言葉に、初子はまず反感を覚えた。自分は悪くない、どこの誰のせいだと言いたかったが、担任に責任がないことは確かだったので、ただ端的に返す。進学する気はないと。

 

「しかし」と担任は、まず呆気に取られたようだった。「君の成績なら……」

 

「いいんです」初子の言葉はやはり短い。「早く自立したいんです」

 

 無理することはないと担任が言った。無理しないための選択だと初子は答えた。

 

 

 

 一時期相当無理してたって聞いたよ、と、久々に再会した高校時代の友人が、眉根を詰めて言った。

 

「今、大丈夫なの? ちょっと痩せてない、初子」

 

 平気、痩せていいんだからと答え、それから彼はにこりと笑った。

 

「それと、今は初子じゃなくて(はじめ)だよ」

 

 

 

 儀式よさようなら。