塔のかいだん

星樹涼

 

 いいか、これは作り話じゃない。百年ほど前にこの塔で本当に起きた話だ。当時この学校にはすげえ特技を持った少年がいたんだ。誰からも好かれるっていう特技をな。どこに行っても人がついてくるから、ある時そいつは人目を忍んでこの塔に来た。当時は魔法陣も木の格子も無くてな。だがまあ、もちろん他の奴らも気付いて、それはそれはご丁寧に一列に並んでゾロゾロと階段を登ってきた。少年はちょうどこの魔法陣の中心がある場所に立っていたんだが、先頭のやつが階段から頭を出したとき、強く思った。一人になりたい、って。赤色と水色と灰色が空で混ざる夕暮れ時のことだ。少年は何かに憑かれたように機械的に腕を上げた。やあ、こんな所にいたの。そう笑った先頭のやつの胸を、上げた手で押した。手応えは、確かにあった。名前も知らないそいつは、大きく仰け反り、目を見開いて、口を半開きにして、ゆっくり後ろの暗闇に倒れ込んだ。後ろに続く奴らを巻き込んでそいつは転げ落ちていった……。トワイライトスカイが炎一色に染まり、丸い月が少年の影を長く伸ばすまで少年は立ち尽くしていた。人を殺したという恐ろしさが、少年の心を壊した。正常な判断をする能力を奪われた彼の頭の中にはただ一言。「自分に同じ罰を。そして」

 

 終わりなき呪いを。

 

 その事件のせいで塔は取り壊された。しかしその出来事は忘れ去られ、二十五年前、建造物のバランスが悪いと塔が再建されたのさ。それから呪いは始まった……。学校中の階段に広がりかけたその呪いを塔に封じ込めるため、魔法陣が描かれたのはそのすぐあとだよ。想いが強すぎて、呪い自体を封じ込めることは出来なかったんだ……。

 

 

 

 ――キュッ、キュッ、キュッ……。静かな階段に、俺の足音だけが、冷たく響く。頼りなげな光で足元を照らしながら一歩ずつ上へと登っていく。キュッ、キュッ、キュッ……。ヒタ、ヒタ、ヒタ……。

 

(まただ……)

 

 木の格子を越えたあたりから時々聞こえてくる足音。

 

(くそ……っ、優人のせいだ……っ)

 

 汗ばむ掌をぐっと握りこんで、立ち止まりそうになる自分を奮い立たせる。今日の昼間、立ち入り禁止のこの塔に俺と優人を含むいつもの五人で忍び込んだ。入学して九ヶ月。商業棟の四階の更に上へと続く木の格子で封鎖された階段の先が、気になって仕方なかった。噂では魔法陣があるなんて言われているし、一年前の文化祭で行われた校内ツアーに参加して塔の上に行ったと自慢げな奴によると「私がツアーで行った二日前の落書きがあった」らしく……。

 

「じゃ、俺らも行けるんじゃね?」

 

 誰かがそう言った。皆……俺も含め、喜び勇んで計画を立て、とうとう今日、忍び込むことに成功した。魔法陣の上で黒魔術の真似事をしたり、いつもより高い位置から校舎を見下ろしたりとはしゃいで、はしゃいで、飽きてきた頃、優人が魔法陣の周りに蝋燭を置き始めた。

 

「優人? 何してるんだ?」

 

「薄暗い塔のてっぺん、不気味な魔法陣、そこに集った五人の少年少女……となれば、やることは一つだろ?」

 

 そう言って優人は読めない笑みを浮かべた。

 

 

 

「あ、あった」

 

 塔の頂上に着いた俺は魔法陣の真ん中に落ちているスマホを拾い上げた。こんな大事なもの忘れるなんて、俺は馬鹿だ。握り締めていた手を開く。汗ばんだそれを見て苦笑し、スマホの画面にパスコードを叩き込んだ。丸い月が俺の影を伸ばす。いくつかのゲームのログボを貰ってから、電源を消した。

 

「よし、帰るか」

 

 うーん、と一つ伸びをして。心臓が口の奥で大きく鳴った。階段から誰かがこちらを見ている。息が、苦しい。スマホとライトを強く握って……。

 

「やっと来たな。……和樹か」

 

 俺にライトを向けた男は聞き慣れた声でそう言った。詰めていた息をふっと吐き出す。

 

「なんだ、優人か。誰かと思ったよ。俺は忘れ物を取りに来たんだ。お前は?」

 

「今年の呪いを完遂するため」

 

「呪い? ……なんの話だ?」

 

 何かが、おかしい。こいつはこんなに冷たい目をする奴だったか?

 

「昼に話しただろ? 人気者の最期を。魔法陣の由来を。今も続く、呪いを。俺は去年の受呪者だ」

 

「や、お前、何、言ってんだ? 帰、ろうぜ」

 

「帰る?」

 

 階段に近付いた俺の両手首を優人が掴んだ。温度が、無い。

 

「帰る家なんてないさ。お前の存在は無かったことになる。俺達と同じように。人を殺し、その報いを受け続けるのさ。さぁ」

 

 優人が俺の手をぐっと引っ張る。優人の肩越しに、一列に並ぶ不気味な笑みが見えた。

 

 

「二十七番目の先頭は、お前だ」