春夏秋冬

水上緋月

 

「せんぱーい! これは捨てますか?」

 

「いや、それはこっちに置いといて!」

 

「はーい!」

 

 寒い、とにかく寒い。真冬に空調のない倉庫の中で、部誌と備品の整理だなんて。何代前なのか知らないが、この部活に大掃除という伝統を残した先輩が恨めしい。

 

「あれ? これなんでしょう?」

 

 薄緑の表紙の冊子。表紙には『春夏秋冬』と題名が書かれている。中を見てみるとどうやら詩集のようだ。作者は『小野寺渚』というらしい。

 

「あれ? これ小野寺先輩の? こんなの作ってたんだね〜、知らなかったよ。あ、小野寺先輩は私たちの二個上の先輩で、引っ越してこの学校に移ってきたから、私達と同じ年に文芸部に入った先輩なの」

 

 なるほど、これを作った先輩は私の三代上の先輩らしい。

 

「にしても、詩集なんて残してたんだね〜、先輩何も言ってなかったから、知らなかったよ。あ! 朱莉ちゃんが最初に読んでいいよ。見つけた人の特権!」

 

「ありがとうございます」

 

 しばし寒い部屋のことを忘れ、紙の上の文字に目を落とす。

 

 

 

 

 

 この詩集は僕の実体験を元に作った詩を集めたもの。これを見つけた後輩へ、どうか最後まで読んで欲しい。

 

 

 

 春の一、始まり──

 

 

 

 

 

 春の三 出会いとは

 

 

 

 出会いとは緊張

 

 出会いとは探り合い

 

 出会いとは喜び

 

 

 

 新しい土地は新しい日常を生み

 

 新しい教室は新しい友を呼び

 

 新しい友は明るい未来を映し出す

 

 

 

 辛い過去をもう振り返る必要はない

 

 

 

 春の四 幸せ

 

 

 

 幸せとはなんだろうか?

 

 友達や家族と居られること?

 

 好きなことを目一杯出来ること?

 

 食べるものに困らないこと?

 

 

 

 わからない、けれど僕は

 

 彼女に『かっこいい』と言われたとき

 

 とても幸せだと感じた

 

 

 

 

 

 夏の五 海

 

 

 

 音を立て白波が迫る

 

 正面に広がるのは海

 

 圧倒的な存在感を放つ海

 

 けれど僕の目はすぐ隣を

 

 隣の君を見つめていた

 

 

 

 

 

 秋の三 熟す

 

 

 

 果実はすでに熟した

 

 されどそれを運ぶ風がいない

 

 それを運ぶ獣がいない

 

 果たして今実を落とすべきなのか

 

 

 

 落とす時を間違えたことがあった

 

 自分がどんなに異端かも自覚せず

 

 無邪気に素直に果実を落とした

 

 あの時の絶望を僕は忘れない

 

 

 

 わかっている今落としてもまた同じだと

 

 育たつことなく朽ちるだけだと

 

 それなら熟れた実のままの方がいいと

 

 

 

 けれど止めることはできやしない

 

 その事実に直面し絶望する

 

 

 

 

 

 冬の五 白銀

 

 

 

 雪は白銀の世界を作り出す

 

 広がるは永遠と続くほと寒い世界

 

 どこを向いても道が見つからない

 

 今日降るのは雪だとわかっていたのに

 

 暖かい太陽を望み外に出た私

 

 なんて愚かななんて無様な

 

 でももう過ぎたことだ

 

 ただ今は、寒く先の見えない場所を歩く

 

 

 

 見てて面白いものだっただろうか、たぶんそうでないだろう。暗い終わり方になってしまった。けれど僕は二度失敗した自分への決別としてこの詩集を作った。もう、中途半端でいるのはやめた。僕は変わる。昨日までの自分に別れを告げる。

 

 

 

 悲しい詩だった。けれどかっこいい。かっこいいと思った。

 

「朱莉ちゃーん! 読み終わったかーい?」

 

「あ、はい、すみません。掃除サボっちゃって」

 

「いいよいいよ、もうほとんど終わってたしで、どうだと思った?」

 

「私は、すごくかっこいい詩だと思いました」

 

「なるほど、かっこいいかぁ、そっかぁ、小野寺先輩はかっこいい女の人だったからなぁ」

 

 え? ──あぁ、そうだったのか、そういうことか。私は一人嘆息し、詩集を閉じた。