化け物への弟子入り

水上緋月

「なぁなぁ、肝試しなんてやめへんか?」

 

「どうした? 怖なったんか?」

 

「違うわ! 逆や逆、怖くないからやめよっていってんねん。肝試しって言うたって、(おど)かすのは人間なんやろ、せやったら怖ないわ」

 

「そんなことないで、人間やとしても怖いもんや。あ、そうや! そんなに怖ないと思うんやったら、一つ俺が怪談を話したるわ」

 

「うわー、ありきたりやなぁ。そんなんで俺が怖がると思ってるん?」

 

「いやいや、俺がするのはそんなありきたりな話とちゃう。聞いたらお前も怖くて怖くてたまらんくなるはずや」

 

「ふーん、そこまでいうなら聞いてみようやないか。いっとくけどここまで言って怖なかったら赤っ恥やからな」

 

「心配無用や! 昔、昔バブルが崩壊して、みんな大変やった頃……」

 

「バブル崩壊って! 全然昔やないやん!」

 

「気にするなや! 黙って聞いてろ! 大変やった頃、一人の男がいました……」

 

 

 

 

 

 その男は人間を憎んでいました。親友と恋人に裏切られ、会社を不当に解雇され、挙げ句の果てに放火魔によって家を燃やされ、全財産を失ってしまったのです。

 

 男は憎むべき人間を恐怖に陥れるために、化け物に弟子入りすることにしました。

 

 

 

 男が初めに向かったのは、鬼の頭領のいる島です。

 

 そこにいた鬼の頭領は黒い肌に白い髪、大きく伸びた二本の牙と角を持っていました。

 

 男は恐怖に耐えながら言いました。

 

「あなたが鬼の頭領でしょうか? 私は人間ですが、人間が憎くて憎くて仕方がないのです。どうか私を弟子にして、人間を怖がらせる方法を教えて下さい」

 

 すると鬼は答えました。

 

「はっはっはっ! 俺様の弟子になりたいとはなんとも変わった人間がいるものだ。しかし俺様を前にして立ち続けるその度胸は感心だぞ! だが、弟子にするわけにはいかん」

 

「何故でしょうか? 至らぬところがあるのなら仰って下さい」

 

「違うのだ人間よ。確かに、我ら鬼は強く恐ろしい。しかし、我々鬼は人に暴虐を働き過ぎ、恐れられ過ぎてしまった。古代から次々と討ち取られてしまい、今や鬼はほとんど生き残っておらん。数は減り、もはや恐れられなくなってしまったのだ。ただ強く、恐ろしいだけではダメなのだ」

 

「そんな!」

 

「だが知恵があれば話は別だろう。化け狐共の長を紹介してやる。あいつらはこの時代でも強かに生きているはずだ」

 

 そう言って鬼は地図と紹介状を男に与えました。

 

「そうですか、ありがとうございます」

 

 男は化け狐の長の元に向かうことにしました。

 

 

 

 化け狐の長はなんと、京都の真ん中にある神社に住んでいました。しかし神社の本殿の前まで来ましたが誰もいません。ところが(まばた)きをする間に、目の前に化け狐が現れのです。

 

 化け狐の長は化け物にも関わらずなんだか神秘的な雰囲気を身にまとっていました。差袴を着て、烏帽子を被った普通の神主の服装ですが、頭や手は狐のそれで、尻尾も生えていました。

 

「あなたが化け狐の長でしょうか? 私は人間ですが、人間が憎くて憎くて仕方がないのです。私をどうか弟子にして下さい。初めは鬼の頭領の元に向かいましたが、知恵のあるあなたの方が適任だと言われ、ここに参りました」

 

 すると化け狐は答えました。

 

「なるほど、あの鬼の頭領の紹介ですか、それは(わたくし)も無下にできませんね、しかし、あなたを弟子にすることはできません」

 

「何故ですか! 何か私に不満があるなら仰って下さい!」

 

「いえ、あなたに不満があるわけではないのです。問題を抱えているのは(わたくし)たちのほう。(わたくし)たち狐は鬼と違い、生き残ることはできました。しかし栄華を極めた時代と違い、今の(わたくし)たちはただ隠れるように生きているだけ。最早人を脅かす(すべ)は持っていないのですよ」

 

「そんな! またダメだなんて、私はどうすれば……」

 

「そうですね、今も人を(おど)かし続けている者はいたはずです。あの未知を司る怪物は今も人を恐怖に陥れているでしょう」

 

 そう言って化け狐の長もまた、紹介状と地図を男に渡しました。

 

「おお、ありがとうございます!」

 

 男は未知を司る怪物の元へ向かいました。

 

 

 

 地図に書かれた場所に行くと、そこにはなんとも形容しがたい怪物がいました。醜悪でありながら美麗でもあり、見上げるほど大きいかと思ったら、豆粒ほど小さく見え、形を一つに留めていないように思えます。しかし未知を司るというからには、おそらくこちらが認識できていないだけなので、本当は一つの決まった姿をしているのでしょう。

 

 男はそんな怪物に言いました。

 

「あなたが、未知を司る怪物でしょうか? 私は人間ですが、人間が憎くて憎くて仕方がないのです。人間を怖がらせる方法を学ぼうと、鬼を訪ね、化け狐を訪ねましたが、それぞれに事情があり断られてしまいました。しかし今もなお人を(おど)かしているあなたならと思い訪ねてきました。どうか私を弟子にして下さい」

 

 すると怪物は若い女のような声で答えました。

 

「なるほど、事情はわかったわ。確かに私は今も人を(おど)かし続けているわ」

 

「なら!」

 

 今度は怪物は幼い子供のような声で答えました。

 

「でもね、僕は君を弟子にはしないよ」

 

「そんな! どうしてですか! また何か事情があるのでしょうか?」

 

 怪物は次は野太い男のような声で答えました。

 

「事情とは少し違うな、お前が弟子入りする必要などないと言っているんだ」

 

「え?」

 

 年老いた老人のような声で怪物は言いました。

 

「儂は長く生きてきたが、その長い時間人間を見て、人間を最も怖がらせているのは人間だと思うようになったのじゃ。人を(おど)かす怪物としては少し悔しいがの。人間はいじめられるのを恐れて集団に属し、隣の人間に怯えて武器を作ってきたじゃろう。お主は人間なのだから、わざわざ儂の弟子になる必要などないのじゃよ」

 

 

 

 

 

 ……そう怪物に教わり、後に男は多くの人間に恐れられる悪人となったのです」

 

「ほぅ〜、なるほどね確かにありきたりではなかったわ、せやけど肝試しが怖くはならんかったなぁ。せや、そういえば(おど)かす役は誰がやるん?」

 

「んん? 言ってなかった? 三組の樺島やで」

 

「か、樺島! あのこの辺の不良のボスの樺島か? なんて奴を誘ってるんだよ!」

 

「どや、怖なってきたやろう」

 

「あぁ、そりゃ怖いわ! やっぱ人間が一番怖い!」