殺人鬼の苦悶

 

新葉しあ

 

 

 

 釘野町の名産は妖怪変化である。というのは僕たちの住むこの町の町興しの謳い文句である。

 

 他にも何か言うことはありそうだが、成る程確かに土地の割合の七割が田畑で三割が住宅街ですと言うよりはインパクトが強いことは間違いないし、最近立て続けにバラバラ殺人事件が起きていますと言うよりは建前上都合はいいだろう。

 

 言い切ってしまえば聞こえはよく、全国的にもあと数箇所は同じキャッチフレーズで活性化を狙ってきた地域も存在する。しかし、その言い回しは不祥事を隠蔽したものであり、不謹慎極まりないものだ。

 

 この町においての妖怪の歴史は長く、江戸時代初期ないしは戦国時代後半に移り住んだと言い伝えられており、妖怪の種類自体は単純明快であり、鬼。来年の話をして笑うようなやつならまだ可愛いのだが、うちのは鬼の中でも一際残忍なやつで、人の体に乗り移って、元の人間の性格と倫理観すら塗り潰して人を殺し、一滴残らず生き血を啜るという人徳の欠片もないやつだ。最近起きている殺人事件もその鬼の仕業であるとかないとか。

 

 本来なら町興しのキャッチコピーには適切でない話題なのが、コアな殺人事件厨とかヘマトフィリアの人間や、都市伝説好きな人間の本質とかいうやつが、その町興しの成果を人口推移と経済効果のデータで如実に表してしまっているものだから町としてもやめるにやめられない状況なのだ。

 

 死者の死の冒涜。何と嘆かわしいことだろう。

 

 

 

 ――という話をデート中に彼女にしてみた。

 

 すると彼女は顰め面を露わにして、デート中にする話じゃないと僕を軽く窘めた後、「そんな非科学的な話はないよ」と澄まし顔で優雅に紅茶を啜ってみせた。

 

「そうかな? いくら科学が発達したと言っても、それだけでは説明し切れない現象は多くある。文字通り殺人鬼の一匹や二匹いたところで不思議じゃあない。いや、不思議ではあるか」

 

「いつもは科学大好き人間のくせに」

 

 むぅ、と頬を膨らませる彼女が可愛くてほっぺたを突いてみた。ぷにぷにぷにぷにいい匂い。

 

 別にオカルト信仰とかそういうのじゃないし、この町で起きた犯罪を全部鬼のせいにしたいわけじゃないけど、少しは関連付けたくなるのも仕方ないことだ。意外と謳い文句の求心力に掴まれているのは僕なのかもしれない。科学の申し子とすら呼ばれたこの僕が。二つ名は誇張気味のこの僕が。

 

「ねぇ、もしかして私がそういう話を嫌いなの知ってて話してるんじゃないよね?」

 

「それは全くもって事実無根で、否定の容易い言いがかりだね。第一、僕はそんな人間じゃないことくらい、君も知っているだろ。世界で一番正直な男だよ?」

 

 としれっと全部虚言で返してやる。

 

 彼女は結構僕の言うことを素直に受け止める。そこが可愛いところでもある。

 

 僕の愛おしくて愛らしい絶世の美少女彼女様は、数拍の間の後笑顔でこう呟いた。

 

「んー、ダウト。パフェの奢り追加」

 

 あれ?

 

 ははは。財布がスッカラカンだぜ。まったく可愛げのない彼女だよ。

 

「でもさ」

 

 とゆっくりと切り出す。僕の彼女。

 

 パフェに夢中で僕のことを一瞥もしない彼女は、スプーンの縁で砂糖のように甘いパフェのクリームをなぞりながら、

 

「君は、そんな鬼が現れても私のことを守ってくれるんでしょ?」

 

 前言撤回、俺の彼女超可愛い。

 

 スプーンがクリームを巻き取って行く。

 

 彼女のほっぺは山頂のイチゴのように赤かった。

 

 さすがの僕でも、少しくらい空気は読める。そんな状況にはならないでほしいとか無粋なことは一切言わない。

 

「守るよ。例え、鬼に血を吸われてもね」

 

 口から砂糖を吐きそうだった。

 

 

 

 この日、この町でまた一つ死体が生産されました。

 

 家で発見された遺体はバラバラ。血でビチャビチャ。細切れ死体でした。

 

 警察も殺人鬼だと大騒ぎ。

 

 遺体は、僕の彼女でした。

 

 僕の彼女だった物でした。

 

 

 

 真っ暗な家の中でたった一人、僕は蹲っていた。

 

 初めて心が痛かった。心中の奥の深くまで、喰われているみたいに痛かった。まるでぽっかり胸に大穴が開いたようで、もう塞がらないことが手に取るようにわかってしまう。

 

 だから埋めなきゃ。何かで埋めなきゃ。タンパク質を摂取しなきゃ。

 

 彼女との他愛無い日常はもう終わりを告げて、僕に光の当たらない日々が続くことが、嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼わかってしまう。途絶えた彼女の愛情は、香りは、柔らかな微笑みは! もう二度と僕の手に戻らない。どうして彼女なんだ。他の人間じゃいけなかったのか。殺していい人間なんて、他にたくさんいるだろう!! それなのにわざわざどうして!! 彼女を!!

 

 削るような音がする。手が血まみれになっている。床も血で汚れてる。まあいいや。この家は僕のじゃないし。どうせ血はなくなる。

 

 何を言っても変わらない。彼女が死んだことに変わりはない。許せない。許しちゃいけない。許せるはずもない。彼女を殺した人間に同じ目以上のことをしなきゃって、使命感が使命感が!! 返り血をたっぷり浴びて、腹を抱えて、大声で、ゲラゲラと、死体にすら聞こえるように! 笑ってやらなきゃ気が済まないし、僕の気が保たないんだ!!

 

 啜る。ああ美味しい。けど何かが物足りない。やっぱり彼女の朱色がイイ。

 

 彼女を殺したやつは誰だ。紫の偽者は一体全体どこのどいつだ。

 

 殺してやる。

 

 絶対に。

 

 地の果てまで追いかけてでも。

 

 

 

「彼女の生き血は、僕が呑むつもりだったのに」