会談

 

タピオカ

 

 

 

「今から会談を始める」

 

「えっと? 急にどうしたんだよ、お前」

 

 二時間ほど前、A男から「やべぇよ、やべぇよ」という絶対ヤバくないだろう電話がかかってきた。

 

 鬱陶しい……。いつも通り無言切りしたらスタ連された。鬼のようにされた。

 

 通知が4桁を越え、これ以上は壊れるぅ! と思ったので嫌々ながら要件を聞いたらどうやら直接会って話したいらしい。更に鬱陶しい。

 

 命より大切なスマホを人質に取られたから俺は暑い中、仕方なく家を出た。

 

 で、指定された場所に着いたら唐突にこれだ。

 

「いや、ここで聞き返すてめえがおかしい。状況わかってんのか? 目付いてんの?」

 

 A男が見ててイラつく顔で聞いてきた。

 

 辺りを見渡しても普段と変わらない光景が広がっているだけ。

 

 うぅむ……分からんものは、分からん。それだけははっきりわかんだね。

 

 だから俺はこういった場面にピッタリな言葉を口にする。

 

「あっ、髪切った? 似合ってるよ」

 

「ちゃうわ! B子をどこに連れていくかだよ!」

 

 あれれ~、ラブコメだったらこの答え満点だけどなぁ。まぁ、冗談だけど。

 

 ところでB子というのはA男の彼女だ。多分この夏休みに何処かに連れて行くのだろう。

 

 今日呼び出されたのはそのプランを考えろってところか。

 

「会談じゃなくて相談って言えよ」

 

「えっ、なんかカッコ良くないか?」

 

「良くない」

 

 A男は厨二病が抜けきってない気がする。まぁ気がするだけだけど。こいつの中学時代、知らんし

 

 くだらない話をこのまま続けていたら、熱中症になりそうだ。適当に答えておく。

 

「無難にいえば警察だな」

 

「はぁ?」

 

「いや、お前おかしい気分になってどうせB子に変なことするだろ? いつものように」

 

「はぁ? そんなんするかよ!」

 

 こいつはぁはぁうるせえな。犬かよ。

 

「ほんとに?」

 

「ウッ、完全には否定出来ない……」

 

「なら捕まっとけ」

 

 やっぱりだ。どーしようもないやつだなぁ。

 

 というか今日暑すぎだし。こんな日に人呼びつけるなら飲み物ぐらい用意しとけ。

 

「なぁ、ちゃんと考えてくれよ。人生かかってんだよ~」

 

 人生ってそこまで思い詰めてんの? 大袈裟すぎる。B子を運命の人とでも思ってんのかねぇ。あぁ、あるある最初に付き合った人を結婚する人と決めつけること。知らんけど(彼女いない歴=年齢)。

 

 警察にしてくれそうにないので、別の案を出す。

 

「じゃあ、例の廃ビル。今人少ないだろ?」

 

 例の廃ビルとは、近くにある病院だった建物のことだ。妙に立派な建物だけが解体されないでずっと残ったままだ。

 

 好奇心に駆られ中に入ったことがある。

 

 別段特筆すべきことはない。

 

 まさに廃墟って感じだった。

 

 粉々になった注射器、いつまでも消えない薬の臭い、やけに目がでかくて『ズット一緒ダヨ!』と書かれたプリクラ。

 

 ……いや、今思い返しても最後の怖かったわ。どうやったら肝試し中に落とすんだよ。これだからリア充は……

 

 元が病院だっただけに良い感じに怪しげで、ここら辺では少し名の知れた心霊スポットになっている。

 

 そういった理由で、この頃はリア充で賑わうが、最近、ちょっとした事件があって誰も寄り付いてない。

 

 俺がどうでもいいことを思い返していたら、A男は心底嫌そうに首を振って否定した。

 

「それは前にやった」

 

 ホントに我が儘だなぁ。煩わしくなって真面目に答えるのをやめた。

 

「家でいいと思うぞ」

 

「おっ、親いるんだけど……」

 

 A男が急にソワソワしだした。 頬がほのかに赤く色付いている。

 

 キメェ……。ただその一言で足りる。

 

 猛烈な吐き気がこみあげてきた。

 

 心なしか腐臭がしてるし。

 

 ことわざで『初恋は腐りやすい』とかないかな。意味は、普通だと思っている行動が端から見たらくそ気持ち悪い、みたいな?

 

 てか、こいつマジでナニするつもりだよ。健全なお付き合いだったら両親居てもいいだろ。

 

「どうせなら両親殺したら? 一人も二人も変わらんだろ」

 

 ヤベェ、喉乾いてきてももうどうでもよくなってきた。

 

「おまッ、サイコパスかよ!」

 

「ねぇ、喉乾いたんだけど」

 

「話聞けって」

 

 今回も長くなりそうな予感が……。とりあえず自販機で麦茶でも買うか。

 

 俺は、ポケットに財布があることを確認してその場を離れようとした。

 

 だが、A男が必死な表情で腕を掴んで引き止めてくる。

 

 その右手にはしっかりと力が込められていて振りほどけそうにない。

 

 分かっちゃいたが、案の定A男の手のひらはベトついていた。

 

「どこ行くんだよ、まさか逃げる気か?」

 

「何から?」

 

「この現実からだよ!」

 

「逃げるとしてもお前からだ。心配するな」

 

「同じことだ、馬鹿ッ!」

 

 そうかそうか、つまり君は現実だと。

 

 逃げる理由は、ちゃんとあるから口に出して伝えてやろう。

 

 地面に寝転んでいるB子らしきモノを一瞥し、俺は振り返ってA男と向かい合う。

 

 街灯に照された彼の服は元の色が分からないほどに血濡れていて、口端には茶色く変色した柔肉がこびりついている。

 

 俺を掴んでいる手を見ると同じように茶色く染まって、肌をゆっくりと伝っていた。

 

 もういっか。言おう。

 

「だってお前人殺したろ?」

 

「なに言ってんの? いつものことだろ!」

 

 ははっ、知ってる。

 

 前は廃ビルだったね。

 

「ん~決めた! お前の言う通り今回のデートはB子の家にしとく」

 

 次はきっとB子の両親だ。

 

 幸せそうなA男の見ながら俺は感想を聞いてないことに気付いた。何でこんなに大切なこと忘れてたんだろう。

 

 一体どんな答えが帰ってくるのか期待で胸が高鳴っている。

 

 俺も幸せな気分になって問いかけた。

 

「ねぇ、楽しかった?」