仏谷山飛鳥
我らはクロカビ軍。風呂場の壁にアジトを持っている。平和は二十五年間守られて来た。
ある朝のことである。光のなかったこの家に、一組の若い男女とスーツ姿で中年の男一人がやって来た。彼らはダイニングや部屋を一通り回り終えると、最後に我らの住処である風呂場にやってきた。そこで若い男は言う。
「随分とやられちゃってますねぇ。まあ、しっかり掃除すれば、普通に住める家だとは思いますよ」
我らがこれから迎えるであろう未来を宣告するかのような、そんな言い回しに聞こえた。我らはすべてを悟り、彼らに警告しようと試みた。
「我らはクロカビ軍である。貴様らが我らのアジトを破壊しようとするならば、貴様らに命はない」
若い男には我らの声が聞こえたのか、じっとこちらを覗き込んだ。何かあったのか、と中年の男が訊いたが、若い男は、気のせいだろう、と返して、何もなかったかのように風呂場を見まわした。女が切り出す。
「ここでいいんじゃないかしら? 立地もいいし、部屋も広いし。どう?」
「そうだね、じゃあこの家にします。宜しくお願いします」
と、若い男が中年の男に頭を下げた。
「かしこまりました。それでは引越しの手続きは店の方で致します」
中年の男はご機嫌な様子で二人を玄関へと促す。
一週間が経った。前に来た男女が、再びアジトへと現れた。
「それにしても多いわねぇ、クロカビ」
「まぁ、今から頑張って掃除しよう」
男は持って来たカバンから作業用のゴム手袋やカビ取り剤など、我らに抵抗するための「兵器」を取り出した。ここまで来ると、我らクロカビ軍としても、応戦しない訳にはいかない。
「我らはクロカビ軍。我らを討とうなどと考えているのは分かっている。大人しく降参したまえ」
と、再び警告をするが女は無視。しかし男は「今、何か壁から声が聞こえなかったか?」
「何を言ってんのよ、怖いじゃない!」
女は少し肩を小さくして薄暗い風呂場を見回す。そこでもう一度、今度は声を張り上げて警告の言葉を放った。
「君たち、いい加減にしたまえ。ここは我らの縄張りである。速やかに立ち去れば我らは抵抗はしない。」
男に反応はない。なぜだというのだ。こんなにも声を張り上げているのに、聞こえないはずはない。無視しているだけだろうか、いや、そんな様子ではない。
すると、彼らはカビ取り剤を手にし、我らに向けて放とうとした、次の瞬間、なにやら白い陰が私たちの前に飛び出してきた。
「菌糸類戦隊カビレンジャー!! ここに見参!」
非常に不可解な言葉を発し何ともおかしなポーズをとった、ごく普通のアオカビであった。
「あれ、アオカビまでいるのか」
と言いつつも、アオカビの言葉などは気にも留めず、カビ取り剤をアオカビへと噴射した。アオカビはおかしな声をあげながら、無残に溶けていく。なんと恐ろしい兵器であろうか。
「このままクロカビも始末するか」
男はぶつぶつ言いながら、我らにあの兵器を吹きかける。体中に激痛が走る。二十五年間守られて来た平和が、たったの一週間で打ち破られてしまったのである。
全滅は免れたものの、大部分を失った我らは、風呂場の隅に身を寄せていた。あのアオカビはどこへ行ってしまったのだろう。毎晩のように照り付ける電球の光が、とてもまぶしく、我らクロカビの心境をいっそう際立たせるかのようである。
クロカビ軍台所支部は全滅、便器支部も大規模崩壊を招いたこの戦争を『第一次クロカビ大戦』と名付けたところで、筆を置くとしよう。
お題
「菌糸類戦隊カビレンジャー!!」
寸刻み