死神job

 

月兎

 

「まったく、一時はどうなることかと思ったぞ」

 

 あの後、死神が能力の制限を迎えて瞬間移動できなくなった後、日付が変わるまでアラビア半島にいるしかなく、日付が変わると同時に帰って来た。母親の説教つきで。まあそれもそうか。そんな時間に帰ることなんかなかったから、心配してくれていたんだろう。

 

「まあまあ、帰ってこられたんだからいいじゃねぇか」

 

「そういうことじゃないだろう!」

 

 まったく、なんでこの死神はこんな呑気なんだ。

 

「あ、そうだ。前々から言いたかったんだけどよ、親父の写真とかないのか?」

 

 写真か。確かに顔がわからなければ探しようもないだろうな。

 

「ああ、あるよ。どこにしまったかな? どっかにアルバムがあるはずなんだ。母さんと写ってるやつが」

 

「んなめんどくさいことしなくていいよ。ちょっと頭かせ」

 

「ん? 頭?」

 

「ああ。お前の記憶を遡って見る」

 

 なんなんだこの死神。テレポーテーションにテレパシーに、今度は記憶を読むとは。死神より向いてる仕事あるんじゃないのか? ああ、だからこいつやめたのか。

 

「な、なあ、お前の母さんらしき人の隣で腕組ながらムスっとした顔で写ってるこの人か?」

 

 確か僕が昔見た写真はそんな感じだったと思う。

 

「そうだけど?」

 

「そうか、この方か」

 

ん? 「この方」?

 

「なんでそんなかしこまってるんだ?」

 

「ああ、この方はな、こちらの世界でかなり有名だったエリート死神なんだ」

 

「死神……だって? 冗談だろ?」

 

 僕の父さんが死神だなんて。じゃあ僕は死神と人間のハーフ……。

 

「忍。これからする話は信じられないものかもしれない。でもすべて真実だ。聞く覚悟はあるか?」

 

 こいつがここまでかしこまるなんて珍しい。よほどのことなんだろう。こちらとしては自分の父親が死神だということだけでもかなりの衝撃なのだが。

 

「ああ、話せよ」

 

「お前の親父がお前と母さんをおいて出ていった理由なんだがな……」

 

「ちょっと待てよ。なんでそんなことお前がわかるんだよ」

 

「わかるんだよ。こっちの世界では有名な話だからな。まあ聞けよ」

 

 

 

 さっきも言ったが、お前の親父はエリート死神だった。あの世へ向かう魂を確実に成仏させ、一度に五十人の魂を成仏させたなんて話もあるくらいだ。まあそれが本当の話かどうかはわからんが、それほどすごい死神だったんだ。そして仕事でこの世に来たとき、恋に落ちた。そう、お前の母さんにだ。別に人間と結婚したり、子供を作るのは禁止されていない。まあそんなやつなかなかいないがな。そうやって二人は結婚し、子どもを授かった。それがお前だ。

 

 しかし、ある日事件が起きた。今まで全ての任務をこなし、魂を成仏させてきたエリートが、ある魂に成仏させずに寿命を与えたという噂が出たんだ。今の俺のように死神をやめていたらそれもさほど咎められないが、現職の死神がそんなことすれば当然職務違反。手段を問わずして存在を消される。周りの人間や死神たちを巻き込もうとな。

 

 周りの人間に被害が及ぶことを恐れたお前の親父は母さんと腹のなかのお前をおいて逃げたんだ。自分だけ追われるようにしてな。

 

 

 

「なんだよそれ。そこまでして誰を救おうとしたんだよ。他人のためにそこまですんのかよ」

 

「他人じゃないからだ」

 

「え?」

 

 

 

「お前の親父が寿命を与えたのは流産するはずだったお前だ」

 

 

 

「……!」

 

「覚えてるか? 俺がお前に初めて会ったとき、ほっといてももうすぐ死ぬといったのを。あれは寿命がもう尽きる寸前だったからだ」

 

「もしかして、その寿命ってのは……」

 

「ああ、お前の親父がお前に与えた自らの寿命の半分。つまりだ。お前が寿命を迎えようとしていたということは同様にお前の親父も寿命なんだよ」

 

 僕はなにがなんだか信じられなかった。そりゃそうだ。突然父親が死神だったと言われ、殺そうとしていた父親はもう寿命で、その寿命をもらって自分が生きていて……。

 

「早く探し出さないとお前が殺す前に寿命で死んじまうぞ」

 

 こいつは本気で言ってるのか? そんなこと、出来るはずがない。

 

「死神、目的変更だ。父さんが死ぬまでに会う。そして話をしたい」

 

「ならさっさと見つけねぇとな。お前の残ってた寿命から考えて期限はあと一週間無いぞ」

 

 そんな短かったのか。というかこいつに会わなければ僕は高校生活を二ヶ月と一週間ほどで終わるはずだったのか。いや、その前に父親が死神じゃなければ生まれてすらいなかったのか。

 

「なあ、僕はどうすればいい? たった一週間でどうやって見つければいい?」

 

「安心しろ。時間がないんだ。お前の願いを優先してやるよ」

 

 このときほど死神に感謝したことはない。普段はただグータラしてるだけなのに。

 

「そうだな、とりあえずもっかいサウジアラビアに行って情報集めだ」

 

「わかった。ちょっと待っててくれ」

 

 僕は母さんに書き置きをした。父親を探しに行くこと、しばらく帰れないかもしれないこと、そしてさっき死神から聞いた真実を。

 

「よし、いいぞ。飛んでくれ」

 

「はいよ」

 

 そう言うと僕らの視界は雨降りの部屋から砂漠に変わった。