actress

 

安堂なつ

 

大きな窓から差し込む午後の太陽が、うなじをじりじり焦がしている。

 

太一郎は、カーテンをしめると深呼吸し、正面の女性と向き合った。女性は緊張した面持ちの彼とは正反対で、堂々としており、小柄な体を竹のように真っ直ぐに伸ばしている。小柄さを感じさせない、惚れ惚れするほど美しい姿勢である。

 

太一郎も背筋をぴんと伸ばすと、彼女に挨拶した。

 

彼女は大女優である。彼女直々に指名されて、今から太一郎は彼女のデビュー五十周年の雑誌特集のインタビューをするのだ。女優は、若々しく、美しかった。

 

それから太一郎は彼女に、女優としての経験、今後の目標など、様々な質問をした。

 

太一郎も役者をしていて、以前舞台で共演したことがあった。彼女は太一郎の演技を素晴らしいと絶賛したが、太一郎は本当に素晴らしいのは、二十七になっても芽が出ない自分よりも、彼女の方だと思った。

 

「お腹が空く頃じゃないかしら」

 

しばらくしてから、女優がラスクを取り出した。上にまぶされた砂糖がキラキラ光っている。太一郎はそれを見て目を輝かせた。一口頬張ると、カリッという音とともに、口いっぱいに甘みがひろがる。美味しい。

 

「喉が乾くわね」と言って、女優がついでくれたお茶を、太一郎は恐縮して飲んだ。

 

ところが、お茶が口に触れるや否や、「熱い!」と叫んで軽く暴れてしまった。というのも、出されたお茶は、ぶくぶく音を立てていそうなほど熱かったのである。しかし、それにしてもオーバーなリアクションをとってしまったことに彼は赤くなった。

 

女優は慌てて詫びると、火傷していないか彼を気遣った。太一郎は気を悪くするでもなく、穏やかに大丈夫ですよと言った。それから太一郎は、僕もこんな風に失敗してねと、小学校の校長先生とぶつかって、先生のカツラが取れてしまったという失敗談について話した。

 

彼が楽しそうに話すので女優もつられて何度も可笑しそうに笑った。太一郎の裏表のない話し方と屈託のない笑い声は心地良く、見るものを自然と笑いに巻き込んでしまうのだ。

 

それから和やかな時が流れたが、二度目の災難が太一郎に襲いかかってきた。

 

女優の後ろにあるガラスケースのガラスに、居るはずのない髪の長い女の子が青白い顔で立っているのが、写っていることに気付いてしまったのである。

 

「うわぁっ」と思わず声をあげてから、彼は慌てて何でもありませんと言って、仕事に集中するんだと自分に言い聞かせた。でも、うまく集中できない。そう言えば、誰かに見られている気がする……。さらにあの女の子がどんどん近づいている! おばけだろうか、ラスクを食べられたことを恨んで出てきたのかも知れない……

 

「どうかしました?」と女優の声がした。我に返った太一郎は、頭を振ると、与えてもらった仕事を全力でこなすんだと思い直した。と、太一郎はまた、とんでもない顔になった。質問の文章が彼をパニックに陥れたのである。彼は困り顔をしてから、機械のような棒読みで質問を読み上げた。

 

「――小学校の校長ってだいたい禿げてるよなと思いますか」

 

 

 

  * *

 

 

 

この時の彼には知る由もなかったが、実は雑誌のインタビューというのは嘘で、本当は全国放送のテレビの年末二時間スペシャル番組だった。高視聴率の番組で、彼のことは瞬く間に話題になった。爽やかさや真面目さ、リアクションや話の面白さ、これらが老若男女に愛されて、迎えた新年は最も忙しい年になった。それから、その年果たしたドラマ出演でようやく才能を認められて、役者として活躍すらようになる。

 

彼が後の名俳優になるのはもっと先の話である。

 

 

 

  * *

 

 

 

「ええ。思います」

 

女優がにっこりと笑って答えたその時、突然部屋に大きな看板を持ったお笑い芸人とテレビカメラが飛び込んできた。

 

「ドッキリ! 大・成・功!」

 

太一郎は驚きの声をあげた。視線を感じたのは隠しカメラで、熱いお茶、ガラスケースにうつった少女、インタビューとは思えない質問は全てドッキリだったのだ。太一郎は一生分の驚きを使い果たしてしまった。喋る言葉にも方言が混じってしまい、また笑いを誘った。

 

「さて、小学校の校長ってだいたい禿げてるよなという質問に『はい』とお答えになりましたが……

 

場が落ち着いてから芸人が振ると、女優がにこやかに言った。

 

「はい。映画、『小学校の校長ってだいたい禿げてるよな』が一月十五日公開になります。笑いあり、涙ありのコメディを劇場でご覧下さい」

 

女優の言葉に続いて、全員で「観てね」と声を合わせた。太一郎も言い終わると、女優が彼にだけ聞こえるように囁いた。

 

「驚いたでしょう? あなたみたいな人を埋もれさせておくのはもったいないわ。ぜひ活躍してほしいと思っていたの。ちゃっかり私の映画の宣伝までしちゃったけどね」

 

いたずらっぽく女優が笑った。デビューして五十年も経つとは思えないほど、チャーミングな笑みだった。

 

 

 

お題

 

「小学校の校長ってだいたい禿げてるよな」

 

月兎