野菜と果物が叫びたがってるんだ。

アルミホイル

 

 夥しい数の野菜と果物の前に、悪魔の翼を生やした筋骨隆々のプチトマトが立っている。

 

 彼こそが無垢な野菜と果物達をとある国の大学入試を妨害すべくテロリストとして鍛え上げた張本人である。そして今この瞬間――実行犯四個、四銃士が発表される。

 

「正解は……ニンジン。お前だ」

 

 名前を呼ばれたニンジンは、無言で立ち上がって一礼した。

 

 誰もが予想した結果だった。ニンジンの才能は、候補生の中でも郡を抜いていた。

 

 まるで久々に再会した中学時代のクラスメートのような距離感を感じさせる微妙な微笑みと天使に勝るとも劣らない純白の翼は、本来のニンジンとしての容姿と相まって凄まじい破壊力を生み出す。彼を目の当たりにして平常心を保てる受験生はいない。

 

「不正解三個は……ぶどう、きゅうり、りんご。――以上四個が、全候補生を代表して受験生の腹筋を打ち砕く。我々選抜委員会も検討に次ぐ検討、審議に次ぐ審議を重ねた結果だ。くれぐれも恨んでくれるなよ。代表四個は、四銃士の名に恥じぬよう全身全霊を以って、我らの聖戦を戦い抜け。一同、敬礼ッ‼‼‼

 

 ある者は歓喜を噛み締めながら、ある者は悔恨を瞳に滲ませながら。まるで小学生の絵のような凹凸のないつるりとした手を額に当て、地平の彼方を向いた。

 

 夕日が、沈んで行く。影が細長く伸びる。

 

 プチトマトには敬礼する候補生達の姿が、壮絶な訓練が始まった五年前とは比類ないまでに逞しく、雄々しく映った。目元から噴き出す熱を制御するのに必死だった。

 

「敬礼っ……直れッ!!

 

 教官の号令の声がほんの僅かに震えていることに、悲しみに暮れる非選抜者達には聞こえなかった。

 

 選ばれた四個は、自らに与えられた重大なる使命のためにそれどころではなかった。

 

 

 

 四銃士に選ばれたりんご、ぶどう、きゅうりは、選ばれなかったが仲の良かったさといもかと集まって食卓を囲みながら、昔話に花を咲かせていた。作戦実行日前夜、最後の晩餐だった。

 

「畜生、俺がもうちょっと翼生やすの早かったらなぁ……今年の正解は俺だったのに」

 

 アルコールが入り、りんごは日頃の不満をぶちまけ始めた。

 

「翼さえあればアタシの方が筋肉鍛えてるし、あんなニンジンなんかに負けなかったのに!」ぶどうもりんごにつられて愚痴を言い始めた。

 

「おいお前ら……落ちた奴もいるんだぞ。受かっただけ良かったと思えよ」

 

 きゅうりはこの場にいる非選抜者達への配慮に欠けるぶどうとりんごをたしなめる。彼の視線はやはりぶどうとりんごの方を向いておらず、斜め下四十五度を向いている。きゅうりは極度の斜視だった。

 

「そうだよ……ちょっとはボクのことも考えてよ!」さといもが声を荒げた。

 

「友達が四銃士に選ばれる中……っ、ボクだけが落ちたんだよ!? 翼も生やしたし、筋トレだって真面目にやったし、尻尾も生やしたし、目からビームだって撃てるのに! どうして僕だけが選ばれないんだ!」

 

「そんなの、決まってるじゃん……」苛立ちを吐き捨てるように、ぶどうは言った。

 

「要素を詰め込み過ぎて君はもう、さといもっていうかただの凄そうな丸い何かなのよ! そもそもさといもなんかデザイン化したところで受験生に伝わりにくいの!」

 

「なんでだよ! ニンジンだって同じ根菜なのに、どうして僕は選ばれないんだ!!

 

「さといもは地味だろうッ‼‼‼」どうしても我慢できず、りんごは叫んだ。

 

『さといもは地味』。この一言がどれ程さといもを傷つけるか――りんごは想像力が欠如していた。

 

「……そっか、そうなんだね。みんなには、僕のことがそんな風に見えていたんだ」

 

 さといもは手持ちの鞄から一本の鍵を取り出した。それはこの世界の野菜と果物が全員持っている、『次元の鍵』。あらゆる次元のどこへでも行ける優れものである。この鍵を使えば、この世界から容易に試験問題の紙面上に転移することが可能だ。ただし、センター試験会場に行けるのは四銃士だけである。

 

「早まるなさといも! その鍵をどうするつもりだ!!」きゅうりが止めに入ろうとするが、不断の意思でさといもはその手を払いのけた。

 

「僕はもう、進路を決めたんだ。――さよなら、みんな」

 

「どこへ行くつもりだよ?」尋ねるりんご。

 

「行き先は、一月一日の台所。僕はおせち料理の……筑前煮になるんだ!」

 

「やめなさい! 食べられるだけよ!」怒鳴るぶどう。

 

「当たり前だろそんなの! 僕は筑前煮になるんだ! 筑前煮になればボクはトクベツ……ボクガ主役、ニンジン等ムシロ脇役……オ前ラジャチクゼンニニハナレナイ‼‼‼

 

 さといもの前に扉が現れ、独りでに開く。切り刻まれた野菜達が、煮え滾る熱湯で煮込まれている。刹那の逡巡の後、さといもは熱湯に飛び込んだ。

 

「さといも――――‼‼‼

 

 三者は声を揃えた。しかし、さといもには届かなかった。

 

 

 

 さといもが筑前煮になった後、落胆した三者は無言のままその場に佇んでいた。あまりの気まずさに耐えきれなくなったきゅうりは、最初に沈黙を破った。

 

「俺たち……何の為に今まで頑張ってきたんだろうな」

 

 きゅうりは自嘲気味に微笑んだ。やはり視線は斜め下四十五度だった。

 

「知らねぇよ。最初は五個だったのに……いつの間にか三個になっちまった」

 

 りんごが示唆しているのは、筑前煮になったさといも。そして、あまりの才能故に、孤独を選んだニンジン。

 

「あら、知らなかったの? 勝利と才能は、孤独の源なのよ。頑張らないで、気楽に生きるのが一番……」ぶどうは空元気で笑ってみせる。その瞳は表面がぼんやり震えていた。

 

「最初からこうなる運命だった。その上で、私は孤独を選んだ」

 

 聞こえるはずのない声が、三個の聴覚を刺激した。声の主は――ニンジンだった。

 

「世界の誰しも、戦う時はいつだって一人。相手と自分、勝者と敗者。勝負の世界には、それ以外に存在しない」

 

「今さら現れてテメェ、何が言いてぇんだ! 俺たちは今まで、無駄なことして来たんだよ! もうそれで良いじゃねぇか!!

 

「無駄なんかじゃない」ニンジンは言う。

 

「私達が彼らの分まで戦う。一人一人が、独りの戦いを最後まで戦い抜く。それが選ばれた私達の役目。――孤独な勝者の宿命」

 

 自らの身に集まる嫉妬心を恐れて、かつての仲間から離れたニンジンなりの、不器用な激励。とても優しいとは言えない物言いだが、三個の表情は幾分か晴れたものになった。

 

「あなたの翼は綺麗ね、りんご」ニンジンが急にりんごを褒め始めた。

 

「な、何だよ急に……」りんごは照れているというより、呆れた表情になった。

 

「素敵な前腕二頭筋よ。ぶどう、きゅうり」

 

「ふふっ、そうでしょ? 憧れるでしょ?」りんごはガッツポーズをとった。

 

「それほどでも……ないけどな」さりげなくきゅうりもりんごと同じポーズを取った。

 

 やはり視線は、斜め下四十五度を向いていた。

 

「さて、いつまでもぐずぐずしてないで、行きましょうか」

 

 ニンジンが三個に呼びかけた。三個は同時に頷いた。迷いはなかった。

 

「選択肢①、りんご」

 

「選択肢②、ニンジン」

 

「選択肢③、きゅうり」

 

「選択肢④、ぶどう」

 

 四個は息を合わせて、力の限り叫んだ。

 

「我らセンター試験リスニング四銃士!! いざ、参る‼‼‼」