NEO桃太郎

タピオカ

 

 昔々、ッ、いや……違うな。思い返せば長いようで短い時間に感じられる。下らない戯言だとは思うがしばし付き合ってはくれないだろうか。

 

 

 

 お婆さんがいた、らしい。らしいってのは私が生まれる前に死んでしまったから、本当の事はよく分からない。六歳になるまでの記憶は今ではもう朧気になった。これから語る川に流されるまでの出来事は全て私の憶測だ。

 

 

 

 河へ洗濯に行った時、婆さんは私の入っていた大きな桃を拾ったそうだ。普段からままあることのように、どんぶらこどんぶらこと奇怪な音楽と共に流れてきた、あまりにも肥大化した桃を。もはや桃ですらないナニカを疑う素振りもなく抱え河から引き上げた。そして、家に持ち帰ったお婆さんは推定五キロはある桃擬きをまな板の上におき、包丁で一刀両断してしまおうとした。

 

 だが、それは出来なかった。中に私がいたからだ。出刃包丁が奇跡的に肩骨に挟まり、私は二つに切り裂かれるのを免れた。

 

 それでも私はまだ只の赤ちゃんである。外の空気を初めて吸った瞬間、肩に走る激痛。たとえ赤ん坊でなくてもこんな状況では泣き叫ぶはずだ。

 

 

 

「「ヒィギィァァァァアッッッ!!」」

 

 

 

 響き重なる二つの断末魔。

 

 あまりにもびっくりしたお婆さんはそのまま心臓発作で死んだ。元々心臓が悪かったらしく、桃の中から血だらけで泣き叫ぶ男児を見て卒倒したようだ。

 

 

 

 まず、大きな桃が流れている時点で何かがおかしいと気づけ、その時点で驚け。そう言いたいが、あの時拾ってくれなかったら私は今ここにいることが出来ない。

 

 その点だけはお婆さんに感謝している……はずもなく、出来ることなら八つ裂きにしてやりたいほど忌まわしい。

 

 

 

 お爺さんは桃から生まれた私を忌み嫌った。それもそうだ、ありえない所から生命体が出てきたのだから。また結果論とはいえ、お婆さんを死なせてしまった一因が私にはあった。だからまぁ、憎むのは仕方の無いことなのだろう。そして、私が数えで六歳になった夜、あの桃と同じように眠っていた私を河へ流した。

 

 延々と続いた悪辣なる地獄の日々はここから始まった。まず最初に訪れたのが純然な死だった。

 

 溺れてかけて、目が覚めた。その日の昼は雨が降っていた。だからか、いつもは穏やかな川が顔を変え、冷たい濁流が私の動きを奪った。大量の水が身体の内側に入り込み、水を含んで重くなった着物が、死の世界に私を引きずり込もうとした。どんなに藻掻いても足掻いても、川岸は遠く、そんな無意味な行為をしている時、川上から流れてきた巨大な流木にぶち当たった。ゴリッという生々しい音と共に伸ばしていた右腕が根元から千切れ、下流に流されていったのが印象深かった。古傷の残る肩から止めどない血が溢れ、私の意識はそこで途絶えたよ。

 

 

 

 おそらく私はここで一回死んだんだ。私の小さな世界は終わりを迎え、そのまま死の世界に引き込まれた。ひとつ覚えているとすれば、そこはとても明るい世界だったってことだけだ。

 

 目が覚めたのは砂浜の上だった。ぬるい潮風が頬を撫で、口内が塩辛かったのを覚えている。いつの間にか海の方まで流されたらしい。身体は怠く、それでも起き上がろうと、右腕をついた。……おかしいことに気づいただろうか? そう、千切れたはずの右腕が何故かあった。「あぁ、これは夢なんだ」と思い、そこにあった割れた石で試しに手首を切ってみた。鋭い痛みがこの少し後に分かったことだが、私はどんなに傷ついても治る身体だった。

 

 私は人じゃ無かった。人擬きだった。桃から生まれたという生い立ちから考えて分かりきっていたことだったが、わざと目を逸らしていたことだ。

 

 ただその不可解な体質は、外傷に関することのみ。腹は一丁前に人間のように減るし、擦りきれた心傷までは治せなかった。

 

 生きるために罪を犯す日々。物を奪っては逃げ、逆に盗賊に襲われることもあった。けれど、傷ついても直ぐに治ってしまう。

 

 まるで呼吸をする度に傷つけ、傷つけられるような、そんな日々だった。誰も私を助けてくれない。居場所をくれない。私は孤独だった。他人を傷つけることに嫌気もさしていた。

 

 楽になれるのなら、死んでしまいたいと思うようになった。でも、手首を切っても、首を切っても治ってしまう。この憎しみの矛先を何処に向ければ良いのか分からなくなっていた。

 

 

 

 そんな暮らしを数年続けたある日、私を川に流したお爺さんを町の隅で見かけた。

 

 その時、私の中で何かが小さくなっていく感じがした。私をまだ、人たらしめていた、最後の良心。

 

 何も考えずに後ろから襲って、奪っていた包丁でお爺さんをグチャグチャにした。その行為には確かな感情なんて一つもにも無かった。

 

 自分がしでかした事に気がついたのは不揃いな肉の感触が手のひらで汚い音を立てていて、もう取り返しのつかない時だった。背後には無数の人の息遣いが聞こえ、逃げることは不可能だと悟ったよ。

 

 だから私は人間を演じることを止めた。

 

 

 

 そこから先は、語ることなどもう何もない。

 

 与えられないのなら、自らの力で得れば良いと、そんな単純な答えにやっと辿り着いたんだ。

 

 仮初の不死の力を存分に使って、居場所を奪い続けた。死なないことがこんなにも便利だなんてその時まで思いもしなかった。

 

 そして、いつの間にか、私は『鬼』と呼ばれるようになっていた。それに倣ってか、私が今いるこの島は鬼ヶ島と呼ばれ、人は恐れ寄り付かなくなったんだ。

 

 さて、と、君は『桃太郎』と言ったかね?

 

 君の仲間に聞いたところ私と似たような出自を持っているが、君は恵まれていたようだね。一体そんな幸せな君が何故、私のやっと得た安住の地を奪おうとするんだい?

 

 ……おっと、もう死んでいたか。