音呼

 

 ここはどこだろう。ふわふわしてて、真っ白な場所。安心できるけど、何か物足りない。あぁそうだ、桃色がない。僕の一生で欠けることのなかった桃色が。そうだ、桃ちゃんが来るまで、少し桃ちゃんの話をしよう。あの子はとろいから、きっと時間がかかるだろうしね。

 

 

 

 桃ちゃんは、名前の通り、桃色が好きな子だった。よく遊び、よく食べ、そしてとても前向きな子だった。生まれた時から一緒で、まるで姉妹のように育った。好きな花はピンクのエーデルワイスで、好きな果物は桃、あとは苺も好きだったな。林檎は兎さんの剥き方じゃないと食べなかった。ちょっと頑固な面もあったかも。

 

 小学三年になった桃ちゃんは、ある日突然桃色を吐いた。お母さんと僕はすっごく驚いたけど、桃ちゃんは寧ろ落ち着いてた。家に帰れる日が少なくなって、遂に帰ってこなくなった。僕は、ただただ寂しかった。桃ちゃんの桃色コレクションを眺めて、これらがない今の桃ちゃんは元気でいれてるのかな。桃ちゃんがいなくなってから、一度もピンクにならない空に唸って、それから祈った。桃ちゃんが元どおり戻ってきますように。

 

 桃ちゃんは家に帰れないまま、四年になった。僕は最近、桃ちゃんのところに連れて行ってもらえるようになった。といっても外から窓越しに会える感じだけど。桃ちゃんはいつも桃色のほっぺを更に桃色にして撫でてくれた。僕は庭のエーデルワイスを持っていった。白いのも交じってたみたいだけど喜んでくれたから良かった。相変わらず桃色のものに囲まれてたけど、一面に白い壁とシーツがなんだかもの寂しい。窓のそばに咲く紫陽花さえも、青色だなんてつれない。

 

 ある日、桃ちゃんは友達と喧嘩した。宥めに来たお母さんにも食ってかかった桃ちゃんは、真っ赤な顔でおっかない顔だった。いつも通りエーデルワイスを持って行ったけど、ピンクのは受け取ってもらえなかった。

 

「ピンクなんて、桃色なんて嫌い」

 

 顔を強張らせて叫んだ桃ちゃんは飛んできた白衣の人に運ばれていった。残された白いシーツと、その上に咲く桃色の花を見て、悲しさでいっぱいになった。どうしよう。桃ちゃんは、桃色を嫌いになっちゃった。桃ちゃんから桃色が抜けていったら、後に残るのは寂しい白。ただの、真っ白だけ。

 

 桃ちゃんは落ち着いて帰ってきたけど、塞ぎ込んでるようだった。僕は、すっかり白くなった桃ちゃんの頬に顔をすり寄せた。僕を撫でながら、桃ちゃんはポツポツと喋った。

 

 本当は桃色、嫌いじゃないよ。でも、体から桃色が出て行って、私は空っぽなの。もうどんな桃色を見ても綺麗に思えないの。桃色は私の色で、貴方の色で、お母さんの色で、友達の色。だからね、多分ね、みんなと離れるのが怖いの。

 

 離れるなんて言わないで、って伝えたくても、桃ちゃんは顔を埋めたまま。明日の何かを桃ちゃんは心配してるんだろう。全部全部、大丈夫なのに。今は、桃色が足りないだけ。前向きになれる桃色の力が足りてないだけ。空が桃色に光っていてとても綺麗だけど、桃ちゃんを元気にするにはまだ足りない。桃ちゃんが泣き疲れて眠った後、ピンクのエーデルワイスを窓枠に置いた。そして、僕は最高の桃色を作るために、眠りについた。

 

 

 僕の知る桃ちゃんの話はここまで。いわゆる前編って感じだね、だってまだまだ続くんだから。ここを桃色で満たすまでは、まだ呼べないし、呼んでも来ない子だよ。頑固な子だから。桃色の気持ちを知った僕たちで、待ってる間花を植えるのはどうだろう。エーデルワイスと紫陽花、勿論ピンクのを。