挨拶してきたもの

 

月兎

 

 

 

 おはよう、こんにちは、こんばんは、ただいま、おかえり、おやすみ……。そんな言葉を交わす相手は様々である。友人、恋人、ご近所さん……そして、家族。

 

 

 

「健~! ご飯ここおいとくね~」

 

 私は真衣。絶賛引きこもり中の我が家の長男、健の姉です。

 

 弟は一ヶ月前、中学一年生の六月から部屋に引きこもってます。もともとインドア派で、休みの日も家にいましたが、今は本当に部屋から出てきません。理由はイジメ。クラスのヤンチャ坊主たちにいじられたり、多少の暴力を受けていたみたいで、引きこもり開始日には顔に包帯を巻いて帰ってきました。私としてはその程度やり返せよと言いたいところではありますが。

 

最初の方は反省した首謀者たちや、イジメを確認した先生、仲のよかった友達が家に来ることもありましたが、最近はさっぱり。

 

 ただ、引きこもり始めてから三日ほどたったある日。私たちが法事で家を空け、家のなかが弟のみになった日。さすがにそんな日は部屋から出てきたらしく、食料を探してか棚を漁った形跡がありましたけど。冬眠明けの熊のようですね。そうそう、その日から弟は風邪をひいてしまったらしく、その日から風邪薬をご飯と一緒に届けてます。風邪でおかしくなった声を聞いたとき、お前誰だよと言いそうになりましたね。おっと、少々語りすぎですね。

 

「ありがとう、姉ちゃん」

 

 弟が返事をしますが、すぐに出てこようとはしません。誰もいなくなってから、部屋の外においてあるご飯を取っていきます。トイレやお風呂は皆が寝静まった深夜に。引きこもりあるあるなんですかね。極々たまに廊下で会うことがありますが、包帯をとっていないので元気かどうか顔色を見ることができません。

 

「そろそろ出てきたら~? そんなとこに籠っててもしかたないよ~」

 

「いいんだよ、ほっといてよ」

 

 毎日こんなやり取りを繰り返します。他にはおはよう、とか、おやすみ、とか。逆にそんなことしか話すことがありません。

 

「もう、早く出てきなさいね」

 

 大体は私がしびれを切らして一階に降ります。しかし、今日はそれでは終わりません。私は夕食をとり、お風呂にはいり、そのまま布団へ、と見せかけて自分の部屋で待機します。

 

 両親が寝る音が聞こえ、しばらくしてドアの開く音。弟がトイレに向かったのです。深夜にしかいかないなんて、弟の生活リズムはほんとに崩れてます。

 

 私はその隙をついて弟の部屋に忍び込みました。普段弟が何をして過ごしているのかが気になってしまったんです。年頃の男子だから、あんなことやこんなことを……。

 

 失礼、脱線しましたね。まあとにかく、今日、私は弟が引きこもり始めてから初めて部屋に侵入するわけです。

 

 ドアを開けると、私の部屋と左右対称な位置にあるベッド、タンス、机。まずはベッドの下を確認。次にタンスのなかを。

 

 そして机の引き出しを。そこで私は見てしまったのです。封の開いていない、薬の山を。どういうことでしょう。本当は風邪じゃない……?

 

 ところでやけに消臭剤が多い気がしますね。そんなきれい好きだったっけ?

 

 部屋のものをあらかた調べ終わって、最後にクローゼットの中にあった、なにやら怪しげな箱の中を調べます。私の腰くらいまである大きな箱です。何が入っているのかな~? 箱を開けた瞬間、白くて細い、なにやら見覚えのあるものが目にはいり……

 

「ねえ、姉ちゃん。なにやってるの?」

 

 ぎくっ! ぎくぎくっ! 背後から弟の声。トイレから帰ってきてしまいました。

 

「ねえ、なにやってんの?」

 

「え、え~っとね……」

 

「あ、その箱の中、見ちゃったんだ」

 

「あ、いや、違うのよ。まだ見てないの」

 

「あ~あ、せっかくこの生活に馴染めてきたのにな~。また元通りか~」

 

 振り返った私の目にはいった弟は、いつも通りの声の弟は、いつもの弟じゃなくて、その姿は私の弟ではなくて。

 

「ね、ねぇ? 健? じゃ、ない……

 

「なんだい? 姉ちゃん……

 

 そう言って健は私に手を伸ばしてきて、その手が首にかかったあとから私の記憶は途切れました。

 

 

 

 彼女はどうなってしまったのでしょうね?

 

 あなたが挨拶を交わしてきたもの、それは本当にあなたの思っていた人物ですか?