中身注意

伽藍洞

 

 ──すげぇな、お前がこんなに美味い料理を作れるなんて知らなかったよ。これ、何処の料理だっけ?

 

 ──フランス料理だよ。

 

 ──そういやお前は日本人顔だけど、ひいお爺ちゃん? ヨーロッパ系なんだっけ。いやー、洒落てるじゃないか。

 

 ──喜んで貰えて嬉しいよ。

 

 そうだ、面白い話をしてあげよう。フランスの料理に関する、ね。

 

 

 

 一八世紀のフランスに──そう、絶対王政の時代だね──とても腕の良い料理人がいた。貧しく不衛生な街では、美味しい食事に有り付けるなんてそうそうない。当時の食事の有り様を知っているかい? 何日も風呂に入っていない臭い奴等が、床に汚物のこびり付いた食堂で、蠅のたかる肉に食らい付くんだよ。それが当たり前の街で、食べる者を天にも昇る心地にするような料理を、彼は安い値段で作った。評判はたちまち広がって、遂には、宮廷料理人にまでなった。

 

 ただ、彼に料理を作って貰うには、「必ず彼の目の前で食べること」という条件があってね、貴族たちでさえも、従わされていた。否と言う者には頑として料理を出さなかったのさ。不思議に思う者もいはしたが、なまじ腕が良いだけに、それ位のことと、文句は出なかった。

 

 彼の料理には、もう一つ謎があった。調理される食材が何処から来ているのか、誰も知らなかったんだ。彼は調理室に他人を入れるのを嫌い、鍵さえかけて、一人で料理をしていた為、品数は少なく、口に出来る人は一握り。

 

 どうだい、おかしな料理人だろう?

 

 だがある時、秘密は明らかになる。うっかり鍵をかけ忘れた調理室を、使用人が覗いてしまうんだ。何が見えたと思う? ──台の上で、潰され体液の滲み出た芋虫の山。肉に見えるように加工されてその日のメインディッシュになる予定だったんだけれど、卓に乗ることはなかったようだね。気持ち悪い? いやいや、虫だって栄養満点の立派な食料なんだよ。まあ、ずっとそれを食べていたと知った貴族たちも同じことを思ったようで、すぐに彼は捕らえられ、処罰された。

 

 何故彼の料理は絶品だったと思う? 実は彼の家系は代々、他人の嗅覚を操れるという一種の超能力を持っていたのさ。本当にいるんだよ、超能力者って。料理の美味しさっていうのは大体風味──臭いで決まると僕は思っているんだが、彼は安い食材で見た目の良い食べ物をを作り、食べる人の嗅覚を操って、美味しいと感じさせていたのさ。

 

 料理人は処刑され、妻と子供は国外追放になった。酷いと思わないかい? 彼は美味しい食事を提供していただけなのに。えっ? 流石に芋虫は食べたくない? やだなぁ、先に言ってよ。もう君に食べさせちゃったじゃないか。

 

 

 

 

 

〈お題〉

 

 他人の嗅覚を操る超能力者