みかん

うすらい

 

 お手紙ありがとう。しっかり読ませてもらいました。でも言わせてもらいますよ。きみってあんなにきれいな字じゃないよね。この前ノートを貸してくれたときにきみの字を見たからわかります。ここでお断りの返事だってがっくりしないでね。最後までちゃんと読んでください。僕だって、きみの代筆の手紙をむしゃくしゃしながらちゃんと最後まで読んだんですからね。

 

 字もそうですが、柳本くん。授業中にこそこそみかんを食べるのはやめたほうがいいですよ。いちいちちまちま薄皮を剥いて食べて、先生も困惑していましたよ。柳本くんのみかんブームは高一の冬からと聞きました。そういえば、高一の柳本君はもっと肌の色が普通だった気がします。今はなんだか黄色みが増している気がします。そういえば柳本くんが貸してくれた本ですけど、『人間失格』、『檸檬』、みかんの薄皮まみれでした。そこここに白いみかんの皮がひっついているんです。このままじゃ人間失格、檸檬どころかみかんになってしまいますよ。この前出した課題プリントもひっついたたくさんのみかんのオレンジの皮のせいで柳本くんのだけやたらかさばっていましたよね。課題プリントもなんだかしっけてジューシーでしたね。

 

 と、柳本くんが書き物をするときに常にみかんを食べているのはまるわかりですから、この前の手紙の字がきれいだろうと汚かろうと、みかんの痕跡がない時点で代筆を頼んだのは明らかなことなのです。僕はちょっと馬鹿にされたような気がして、それこそむしゃくしゃしましたが、でもその点についてきみを責める気はありません。

 

 むしろ、冷静になって考えてみると、きみの手紙をたいそう嬉しく思うのです。まずひとつ。柳本くんが自分の字の汚さを客観視して、相手が読むのにふさわしいような字で手紙は書かれるべきだと考えてくれたこと。これは本当に立派なことです。自分の欠点を認めるのは、とても勇気のいることです。気遣いといってもさしつかえないでしょう。でも、きみ一人の功績ではない。代筆をしたお友達にはきちんをお礼をしてね。仲良くしてね。僕からも申し上げておきます。

 

 次に、みかんの痕跡のないこと。これは代筆されたので当然と言えば当然でしょうが、それでも、代筆の子の手からあの手紙を受け取って、きみが僕の机にこれを忍ばせるまでの間、きみはこの手紙を自分で持っていなくてはならなかったでしょう。その間に、あの柳本くんが、一切のみかんの痕跡をこの手紙に残さなかった―――――いえ、ひとつだけ残っています。封を切ったときにほのかにみかんの甘いけれど媚態のない、みずみずしい香りがしました。あれで僕は、きみにみかんの匂い――臭いと書いても文句は言われますまい――が染み付いていることを知りました。しかし、それと同時に、きみが投函まで他人に任せるような意気地なしでないことを知ったのです。僕はきみの忍耐と勇気とを知ったのです。

 

 これは僕も応えねばならぬ。そう思いました。きみの礼儀に礼儀を以て報いなければならぬ。ですから僕はきみに一切合切を許そうと思います。

 

 この決断には、随分と勇気が入用でした。だって僕は、柳本くんのことを聞いたときから、「こいつだけは絶対に俺の家に上げてやるまい」と思いましたもの。それは一種、蛇の前に置かれたカエルと言いますか、悪意その他もろもろの前に仕方のない感情だったのです。僕は、きみに何もかもを蹂躙され、めちゃくちゃにされるのが怖かったのです。きみに暴かれ、むさぼられ、全て喰らいつくされるのが怖かったのです。だってきみにはそれをやるだけの度胸もあるし、遠慮もない。僕はきみにこいつを差し出してしまうのが非常に恐ろしかったのです。きみに僕の素性を知られるのが怖かったのです。

 

 でも今は不思議と穏やかな気持ちです。むしろ、きみの拙い字がいとおしく、ミカンの体臭がこいしくあり、喜ぶきみの顔が楽しみですらあります。僕には破滅願望があるのかもしれない。きっと、きみによってくすぐられ、目覚めてしまったものです。ただし、いつでも来ていいというわけではありません。こちらからまたお手紙を差し上げます。両親が出払う日時をお伝えします。

 

 ですから、みかん農家の僕のうちへ、どうぞ遊びにおいでください。

 

 

 

 

 

〈お題〉

 

字がものすごく本当にものすごく汚い

 

 みかんのスジが何より好き