りつあん

 

 今は四月。人事異動の季節だ。そんな中、魁斗は警部に昇進した。彼はキャリア組であるから今までは一番の下っ端――警部補――であった。今年からは部下ができる、と彼は浮足立っていたのだ。

 

 そして。待ちに待った部下とのご対面のときである。彼は一番関わりあいたくない人、彼の上司、神威警視監の娘芽衣子を引き受けることになってしまった。彼女の父親、警視監は自身の地位が警視監であることを利用し、また娘を溺愛するあまり彼女に国家公務員試験を受けさせることなくキャリア入庁させてしまったということである。あんなに浮足立っていた報いであろうか(まさかここで自分に関わりが出てくるとは……)。そう考えて魁斗はかなり気分が盛り下がってきた。これから何年も上司と部下として関わることになるのである。たった一つの救いといえば彼女が無能ではないというところだろうか。まあそれも後々になってくると魁斗の心を苦しめる要因となっていくのだが……。

 

 その日から芽衣子は魁斗の部下として働くこととなった。とにかく優秀で建物の構造もすぐに覚えた。初めの一か月は迷い続けた魁斗とは大違いである。そんなところがいかにも使いやすい部下で魁斗もいい気持ちでいたのだが。

 

 それが醜い嫉妬に変わるのは時間の問題だった。彼が一つの仕事を片づけるのにかける時間の3分の2くらいの時間があれば彼女は一つ、若しくはそれ以上の仕事をこなしている。それだけではなくクオリティも高い。ミスなんてほとんどしない。新人のくせに。

 

 そして会議なんかで意見を求められれば必ず答える。それも理路整然としており、わかりやすい。根拠もしっかりしている。

 

 そんなこんなで芽衣子はその才能を発揮していった。おかげで魁斗は同僚からも上司からもからかわれ続けることとなった。

 

 ある日、事件の捜査を魁斗と芽衣子が担当することになった。殺人事件が発生したのである。彼らはとりあえずヤマ場に残された犯人の証拠などを探しに行くことになった。――と、その時。魁斗は芽衣子ががたがたと震えているのに気付いた。

 

「……おい。どうした? 怖いのか」

 

 何の気なしに聞いてみると、案の定

 

「は、はいぃ。ヤマ場ってガイシャの怨念とか残ってそうで……」

 

 なんとも情けない返事である。が。魁斗はなんとなく親近感を感じていた。これまでの彼女は完璧すぎた。何をさせても年上で経験も積んだ魁斗より上手くやってのけてみせた。そんな彼女に親近感を抱くなんてもってのほか。当然、魁斗は嫉妬の塊であったのだ。そんな芽衣子が初めて弱みを見せたのだ。たとえて言うなら初めて人間らしさを垣間見せたというところだろうか。

 

 そんなわけだが仕事は仕事だ。非情なようだが社会とはそんなものだ。警察になると決めたのならヤマ場に行くことは確実なことなのだ。それは芽衣子もわかりきっていることだ。だからこそ震えるだけで文句は一言も言っていないのだ。そういうところにも彼女らしさが強く表れている。

 

 魁斗もこれまで感じていた嫉妬を忘れて思わず、

 

「まぁ、なんかあったらすぐに俺に言え。若しくは俺から離れるな。俺は少なくとも慣れてるし恐怖心も特にないからな。まぁ、こんな俺を見て逃げ出さないほうが猛者だろう?」

 

 自嘲も込めつつ言ってやった。案の定、芽衣子も

 

「警部。そんなこと言っちゃだめでしゅ。あ、すみません、舌噛みました。だめですよ、そんなこと言っちゃ。せっかくかっこよかったのに」

 

 と、すこしほぐれた口調で返した。

 

「じゃあ、ちょっとほぐれてたところで出発するぞ」

 

 魁斗が声をかけると芽衣子も

 

「そうですね。警部、約束は約束ですよ?」

 

 とおどけて言った。

 

 

 

 ヤマ場に到着し、彼らは捜査を始めた。手掛かりになるかもしれない証拠品を探しているとき、魁斗は髪の毛を発見した。事前に見たガイシャのそれとは明らかに違う質感、太さ。間違いない。ホシのものだ。

 

 魁斗は芽衣子と情報を共有するべく、また彼女に自慢するべく、芽衣子を呼んだ。すると彼女はその毛を見にやってきながらこう言った。

 

「警部。毛根は付いてますか? 付いてないとDNA鑑定かけられませんよ?」

 

 ……付いていない。魁斗は苦虫を噛み潰したような顔で天を仰いだ。

 

 

 

 

 

お題 「悲哀」